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中央テレビ編集 


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自治随想
チェンジ、チャンス、チャレンジ
~コロナ禍対応から学ぶ新たな地方自治への展望とチャレンジ~
プロローグ
 新型コロナウイルスの感染が急拡大しているわがふるさと徳島県は4月20日午後9時、県民に警戒を促す「とくしまアラート」を1段階引き上げ、上から2番目の「感染拡大注意急増」とした。「急増」への引き上げは初めてで、政府の感染症対策分科会が示す「ステージ3(感染急増)」に相当するものであり、県は県外への移動の慎重な判断やテレワークの一層の推進を県民と事業者に求めるなど緊急対策を5月5日まで実施するとし、県庁舎を赤くライトアップして県民に周知、協力を求めた。県民は大いなる不安感に襲われ、「何を信じ、どうすればいいのか、この先どうなるのか」という不信感にさいなまれる。2020年当初からの1波、2波、3波に続く4波に至る今日、新規感染確認者数過去最多を更新し、入院病床・医療用品・医療スタッフの不足に加え、診療抑制による病院経営の悪化等、人々の命と暮らしが危機に瀕し続けている。4月22日徳島新聞朝刊一面では、県内感染の累計1千人、人口10万人当たりの直近1週間(4月13~19日)の新規感染者数(人口比)は全国ワースト5位と東京など「まん延防止等重点措置」が適用されている7都府県を上回り、病床使用率初の70%超え、感染力の強い変異株(英国型)の影響を指摘し警鐘を鳴らす(専門家)などと報じた。一方、ワクチン接種で成果を上げつつある英国情報を見ながら、なぜ日本ではワクチン接種の実績が大きく低迷しているのか、総じて民主主義と自治を充実させることこそ住民の命と暮らしを守り、健康かつ豊かな社会を保障することになるのではないか、コロナ禍対応の瀬戸際に立って、ピンチをチャンスに変える決断・実行が求められるとした。政府は4月25日~5月11日の17日間3度目の緊急事態宣言を、東京・大阪・京都・兵庫の1都2府1県対象に発出した。以下、岩波書店刊「世界、特集(自治のある社会へ)」を参照・引用しながら地方自治の現場における自治のあり方を考えてみたい。

「公共」の弱体化とその役割
 コロナ禍は各国の防疫・公衆衛生・医療体制及び各国首脳の姿勢と能力の違いを際立たせ、中央政府と地方政府の関係をも浮き彫りにした。思えば「第3波」の感染拡大時、東京都・北海道・大阪府・沖縄県等の地域ではPCR検査の相談が殺到した保健所の機能が麻痺し、医療用マスク・防護服等に加え院内感染によるスタッフ不足によって医療崩壊を起こす地域中核病院、長期にわたる補償なき自粛要請が続く中で中小企業の経営破たん・廃業、病院経営の悪化等危機的な状況になった。周知の通り最前線で公衆衛生を担当するのは各地方自治体に置かれた保健所である。ところが1994年(平成6)の地域保健法の制定と小泉構造改革の一環である市町村合併政策及び三位一体改革により、保健所の数・その機能も大きく減少・弱体化した。こうした構造的脆弱性があるために、日本の対人口比PCR検査数は他国に比べ極端に低い水準、医療崩壊現象も厚労省による病院の再編統合策・公的医療費抑制策がコロナ禍においても続き、感染症病床・集中治療室、医療スタッフ不足の要因となる。  
  こうした状況下で、本来住民の福祉の向上を目指す地方自治体の役割が注目されるが、新型インフルエンザ等対策特措法においては各知事に大きな権限と責任を与えており、知事間の対応の差が目立つことになる。財源が潤沢である東京都では休業補償への協力金等を独自の財源を使いながら制度化できたが、財源事情が厳しい地方の都道府県ではそれぞれの財政事情に規定された支援策しかできない。ヨーロッパ諸国では休業補償いついては、本来国が責任を持って財源負担するとなっている。さらに政治姿勢から見ると、足元の地域の現場を見るのではなく国や近隣自治体の動向を待ち自らの自治体の政策を決定する傾向も多い。他方、マスコミを意識し政治的パフォーマンス、大阪モデル・東京アラーム等も出現する。経済界からの経済活動再開要求や選挙対応のために活動規制の緩和を急ぎ感染再拡大を招いたという指摘もあった。また菅首相が強調する自助を基本にする新しい生活洋式に止まらず、公共の役割を重視する新しい政治・経済・社会のあり方が問われるべきであり、何よりも住民の感染防止と命を守るために公共の責任を全うすることが求められる。言い換えれば、これまでの行財政改革や公立・公的病院の再編計画を見直し、地域の公衆衛生・医療体制を整え、併せて住民の暮らしを支えるための産業・福祉政策も地域の個性や事情に合わせて自治体が中心になって立案、実行すべきであろう。

自治体戦略2040構想と第32次地方制度調査会答申  
 前述したコロナ禍における保健所・公的医療現場の厳しい状況や現状分析を的確に行い、その上に新たな地方自治の展望を切り開かなければならないと思われる。2017年(平成29)総務省自治体戦略2040構想研究会が第1次報告を出す。その骨子は人口減少を大前提に、国の立ち位置から見て地方統治構造を合理的に置き換え、AI(人工知能)とシェアエコノミーが自治体現場を担うようなアウトソーシング・ネットワークの結合による地方統治を目指すべきだとする。しかしこの理論からは必然的に戦後憲法で規定された地方自治体は後ろに追いやられ、国民主権論にもとづく団体自治・住民自治も軽視されてしまう。第2次報告(218年7月)も同じく人口減少・自治体消滅論を大前提にして自治体のあり方を根本的に改めるべく4本の柱を立てる。第1にスマート自治体。AI等情報技術の活用で従来の半分の議員でも運用できる自治体、自治体・自治体行政の標準化・共通化を目指し、第2に公共私による暮らしの維持、自治体をサービス・プロバイダーから公・共・私が協力し合う場を設定するプラットホーム・ビルダーに変えるとする。第3、圏域マネジメントと二層制の柔軟化を挙げ、市町村が行政のフルセット主義から脱却し、圏域単位での行政をスタンダードにすると共に、都道府県・市町村の二層制の柔軟化を進める。第4が東京圏のプラットホームづくり。圏域全体でマネジメントを支えられるプラットホームが、医療・介護・防災の視点から必要だとする。  
 第32次地方制度調査会への諮問事項は、「人口減少が深刻化し高齢者人口がピークを迎える2040年ごろから逆算し顕在化する諸課題に対応する観点から、圏域における地方公共団体の協力関係、公・共・私のベストミックスその他の必要な地方行政態勢のあり方について」である。その答申の第1は、中小規模自治体の自立性・自治権を奪う可能性が懸念される。法制外での自治体実務ペースでの実質化が強く懸念され自治体が自治体でなくなる恐れがある。第2、地域の未来予測の項で国・都道府県の関与について、国―都道府県―連携中枢都市圏―定住自立圏―市町村という垂直的な系列で、データの情報独占や財政誘導、システム統合によるトップダウン的な統治支配が容易に出来る仕組みになっている。第3に、各種計画や施策策定、実施過程の各段階における民間企業の積極的関与の提案が心配され、地方自治体の自治行為に主導者である住民以上に民間企業や各種法人が発言力を持って参画し、行政サービスを背負う道が危惧される。 さらに自治体だけでなく、日本の経済や社会のあり方を変える「ポスト・コロナ」戦略が、政府の経済財政諮問会議による「骨太方針2020」(7月17日)として決定される。コロナ禍を奇禍として更なる経済成長を図るための「デジタル・ニューディール」を、福祉を抑制しながら推し進めるという戦略とも取れる。地方自治体の制度も行政サービスの内実や公共施設、個人情報のビッグデータも、企業の儲ける力をつけるために私的に活用するのであれば「コロナ禍惨事便乗型地方制度改革」と言えそうだ。即ち、基本的人権と地方自治の侵害が危惧される、公衆衛生・医療・地方行政の領域におけるデジタル化推進まで話が及ぶと、憲法や地方自治法の理念と相反する内容が心配される。コロナ禍の下での2020年通常国会では、個人情報をより利活用しやすいような規制緩和を盛り込んだ個人情報保護法改正と、移動・購買・医療等に関わる個人情報を官民が利活用できるスーパーシティ構想を実現するための国家戦略特区法改正がなされた。主権者である国民や住民の基本的人権や公共性よりも、自らの経済的利益を優先する企業に、国ばかりではなく地方自治体が持つ個人情報を任せ利活用を認めることが果たして妥当なのかどうか、十分な検討が必要である。次に、団体自治と住民自治の否定につながらないかという視点よりも、如何に効率的な行政サービスをデジタル化と広域連合によって行うかという視点で貫かれ、その意思決定から政策執行に至る全過程にいかに民間企業を参加させ、その市場拡大につなげるかという観点が透けて見える。つまり、住民にとって必要な行政サービスが一元的に提供されれば、その主体は国だろうが自治体だろうが一向にかまわないことになる。国から独立した地方公共団体が自らの意思と責任で自治体運営を行うとした「団体自治」の役割は殆ど不要となってしまう。また「住民自治」はコミュニティ機能を強化し、自分たちで支えあいながら地域を良くしていく行為であり、地方自治体の主権者の主権行為であるが、行政サービス機能の効率化を図る目標が設定されると、団体自治は不要であり住民自治は足元のコミュニティ活動に限局される懸念がある。行政サービスの効率化は飛躍し過ぎると、憲法上の地方自治権(団体自治権・住民自治権)を否定し、国に隷属する地方行政サービス体にする極論になり兼ねないとの心配がある。

新たな地方自治  
 新たな地方自治制度改革を巡って様々な議論が展開されているが、コロナ禍で住民の命と暮らしを守る独自施策を打ち出す現場の地方自治体が増えてきているのは頼もしい。今後の新しい地方自治を展望するうえで大いに参考にすべきだ。出遅れ感の強いPCR検査について、和歌山県仁坂吉伸知事は早い時期に湯浅町の病院で発生した感染に対し先頭に立って、医療スタッフや患者住民の不安を払拭するため、当時の厚労省のPCR検査抑制方針に従わずに徹底的な検査を行い、院内感染を封じ込めその後の感染者拡大を抑制する。また人口90万人余の東京都世田谷区保坂展人区長は医師会や大学との連携で「誰でも、いつでも、何度でも」を目標に大規模PCR検査体制の構築を図り、国・都へ財政的手当てを求め、自らの財源を確保して社会検査を実施し失業者への相談機能を強化する。他方、大規模政令市ほど遅く小規模自治体ほど早いと言われた10万円の特別定額給付金の給付については、市町村合併等によってあまりにも大きな基礎自治体をつくり、そこで働く公務員を大幅に削減し、業務については何重もの下請け構造を持つ企業に委託したためであったという。図らずもコロナ禍は、これまでの地方自治制度改革、三位一体改革、公共サービスの産業化政策による民間企業への委託事業の拡大が生み出した問題を焙りだしたとも言えそうだ。  
 新型コロナ感染症、新種の感染症と今後も長引く可能性がある。これに対して住民の命と暮らしを守るために独自の施策を講じている市町村が増えている点は注目すべきだ。全国保険医団体連合会(20年11月11日調べ)では、自治体内の全ての医療施設に対し支援策を講じた市町村が99、また全国商工団体連合会(20年10月27日時点)によれば、コロナ禍で経営に苦しむ中小・小規模企業に対して休業補償を行っている自治体が358と、本来国が為すべきことを先んじて少なくない基礎自治体が行っている。

エピローグ  
 「自治」とは、人間が生きるために構成した社会の経営に関する深遠にして重大な行為である。コロナ禍を経験した地方自治体の最大の責務は、憲法の理念に立って主権者の生命、基本的人権、幸福追求権、財政権を守り、住民の福祉の向上を図ることにあり、決して儲かる自治体づくりでないことを肝に銘じ、中央政府・地方政府の関係において自治権確立のための法体制、政治・各規制など地方分権枠組みの改革を着実に実行すべきであろう。ピンチはチャンスでもある、「変化の中に可能性を見出し、果敢に挑戦」「変化は先ず現場に起こる。その対応こそ肝心要だ」、そんなことを思いながら地方自治の確立を願いつつ筆を置く。                                    (2021.4.26)

                                                     (徳島文理大学総合政策学研究科教授 西川 政善)