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中央テレビ編集 


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自治随想
国の自治体の有様に関わる「圏域構想」について

はじめに
 地方制度調査会は総理大臣の諮問機関であり、地方自治体の改正を伴うような枢要な制度改革を方向づける第三者機関である。総務省は「人口減少が深刻化し、高齢者人口がピークを迎える2040構想」を示し、第32次地方自治制度調査会には「人口減少が深刻化し、高齢者人口がピークを迎える2040年頃」に対応するため、「圏域における地方公共団体の協力関係」を検討することが諮問された。具体的には総務省が進めてきた「連携中枢都市圏」「定住自立圏」の強化に向け、圏域を強化するために法制化するかがポイントであった。自治体のかたちにつながる問題にもかかわらず、具体像がまだ見えず、自治体の形につながる将来の公共サービスの在り方を住民ととことん話し合うことなく賛否を判断しかねるとして、法制化は見送られたのであった。

2040年問題
 一昨年の総務省「自治体戦略2040戦略研究会」報告書では、日本の人口は2040年頃には1億人割れが近づき、人口3万人以下の市町村の約7割は、人口が現在より3割以上減少すると試算する。そうなると、すべての自治体がフルセットの機能を備えるのは困難になるため、近隣市町村による連携強化と中心市への機能集約で「ヨコの補完(水平補完)」を進め、自治体の維持を図るというのである。平成の大合併終了後総務省は市町村の圏域化推進に舵を切り、具体的に「定住自立圏」と「連携中枢都市圏」とする。
 定住自立圏は人口5万人程度以上の中心市が核となり周辺町村と連携するもので2008年に導入され、約100を超す圏域が形成されている。連携中核都市圏は政令市や中核市級の市を中枢市として、生活・経済圏を形成する。より広域的な圏域であり、2015年から約30圏域、約300市町村が参加している。
 これらの構想は防災・観光施策など協力しやすい分野と、そうでないインフラや福祉・医療など進捗度に格差が見られる。そこで総務省は、法制化をすることで中心市を「計画策定市町村」と位置づけ、ステップアップを図ろうとしたのである。

市町村の反発
 これに対し市町村の反発が強く出る。第1に、中心市の機能強化に伴う周辺市町村の弱体化が懸念される。圏域を法制化し拘束度を強めると中心市以外の自治体の権限が抑制され、結果的に自治体の格付けにつながるというのである。さらに「圏域自体が自治体化するのではないか」、さらなる市町村合併に連動させる布石でないか等々疑心暗鬼の町村が多く全国町村会は法制化に絶対反対を決議している。  
 第2に、安倍内閣が地方創生など市町村の人口減少対策に取り組んでいる点との整合性、政府が2040年の人口1億人を安定的に維持できる構造を目標としているのに対して、今回の圏域化論議は相当な人口減少を前提としており、この同時並行の対策は矛盾しているのではないかとの心配から、地制調会答申ではその法制化について「関係市町村による連携施策のPDCAサイクルが確実に実施される」とのメリットと共に「市町村の自主性を損なう懸念」に触れ、その上で「是非を含めて関係者と十分な意見調整を図りつつ、検討がなされる必要がある」との慎重な結論を示している。

タテの補完(垂直補完)への積極姿勢
 先の研究会報告書に「都道府県が市町村の補完・支援に本格的に乗り出すことが肝要」と記し、今回の地制調会答申「都道府県との法令上の役割分担は変えず、協働的手法」を前提に、推進の方向性を強く打ち出している。つまり、「市町村間の広域連携が困難な場合には、(都道府県が)自ら補完・支援の役割を果たしていくことも必要」と明記したのである。都道府県による肩代わりに対する地方の抵抗感の減少につながることも想定できる。  
 しかし、基礎自治体が最低限、自己完結すべき行政の範囲がどこまでなのか、都道府県による事務の肩代わりはどこまでが限度なのか、という議論に遅かれ早かれ突き当たってしまうであろう。その一方で、今回の議論が総務省主導で進んだことに対する自治体制側の不信感やアレルギーも否めない反発が感じられる。日本の地方をどう考えるのかというビジョンが欠落した圏域化論議では、単なる行革論議の繰り返しに陥る恐れがあるというのだ。


住民が自治体のかたちを選ぶ時代
 
2019年の全国出生率1.36%の衝撃と避けて通れない人口減少社会への対応という課題は大きく、容赦なく迫ってくる。そこで地方創生はあくまでも人口減少の勾配を緩やかにする施策と位置づけて、増田寛也、片山義博元知事・元総務省は貴重な提言を示している。即ち、住民が自治体のかたちを選ぶ時代では、公共サービスの分野によって住民の事情に合った適切なサービスをしてくれるなら、提供主体は市町村・都道府県・国・大企業・NPO・地域組織いずれでもいい(増田)、公共サービスの在り方・提供主体をそろえた仕組みやルール作りを担うプラットホームの構築こそ自治体の役割になる(片山)という提言である。そのなかで例えば自治体がプラットホームになるうえで重要になるのは行政のデジタル化、私のようなアナログ世代では理解しづらい面が多いが2040年頃にはこうした行政が実現すると考えられる。既に何度か視察に訪れた東京都渋谷区では、住民が来庁しなくて用が済む区役所を目指し、より細かい公共サービスの体制を整えたいと聞かされ、期待の高まりを覚えた。また、今日の新型コロナ禍は、過剰な東京集中の危うさを改めて我々に印象付けた。しかし、地方制度を巡る国民の、中央・地方政界や行政、経済界などの関心は低く、果たして「これでいいのか」と思わざるを得ない。国土の均衡と自治体の将来像は最たる国民的課題であるべき筈なのに…である。


アフター平成大合併
 2000年代前半の小泉政権時代、三位一体改革による税源移譲や地方交付税削減と連動して、多くの自治体関係者の懸念や不安・反発などを抱えながら平成大合併が進行していく。リーマンショック前後から政府は地方への配慮を強め、地方財政は過去15年間で課題を抱えながらも改善しつつある。さらに職員数・財政力指数・積立金残高・地方債残高・実質公債費比率・経常収支比率という6つの指標の変化率(幅)を、合併市と非合併市とで比較したところ危機感を背景に現時点で合併しなかった市が合併市を上回って改善、健闘している結果が伺える。この6指標の調査結果は、合併特例債や交付税の算定替えなど財政面の恩恵を受けた市より、合併しなかった市の方がむしろ財政の健全化で成果を上げたことにもなる。加えて、20年後に有効と考えられるもの、民間委託、AI(人口知能の活用)、指定管理者の考え方や、都道府県の在り方見直し、圏域構想の詳細が分からず判断ができないなどの悩みがありそうだ。ましてや人口減と少子高齢化が進み2040年には65歳以上人口がピークを迎え、地方自治体は税収が減り、現状よりさらに少ない職員での運営を余儀なくされる中、かつての地域が狙っていた役割の肩代わりや、国の新たな政策によって増える市町村の役割等々、「現場」である市区町村の業務が年を経るごとに増加することは自明の理である。全国の首長に20年後の自治体運営手法についてのアンケート調査(日経グローカルNO.380)によると、複数の市町村による新たな行政主体「圏域」構想については、賛成が12.4%に止まり、7割超が「どちらともいえない」と賛否を留保している。住民が自治体のかたちを選ぶ時代に相応しい内容と慎重な審議へ、さらなる努力が求められている。


徳島文理大学総合政策学研究科教授 西川 政善)