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中央テレビ編集 


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自治随想
国の地域医療構想に地域事情をどう生かすか

◆国が再検証要請424病院の実名を公表
 2019年9月、厚労省の「地域医療構想に関するワーキンググループ」第24回会議において、再編統合など25年の地域医療構想を踏まえた具体的対応方針の再検証を要請する対象となる424病院を実名公表する。あまりにも多い病院数に唖然とする向きも多い。公平を期したのかどうか分からないが、全国一律で診療実績を元に線を引いたため交通の便が悪い地方の中小病院が数多く対象とされている。加えて距離の問題、全国一律で「自動車での移動時間20分以内」という事情が適用され、積雪や山間地などの事情が考慮されていない。対象となった地域のうち最も多かったのが北海道内で対象となった病院の48%に当たる54病院、新潟県内で対象となった病院の53%に当たる22病院と、雪の多い地域が全く考慮されておらず、一律の基準によるリスト化には納得できないであろう。因みに徳島県内では、東徳島医療センター、県鳴門病院(鳴門市)、阿波病院(阿波市)、海南病院(海陽町)、勝浦病院(勝浦町)の5病院が再編・統合の議論が必要とされている。  
 地方で絶対に必要と考える病院がリストアップされた一方で、都市部の病院の中に統合・再編の議論を進めるべき病院がリストから多く漏れている。人口の多い都市部の病院は診療実績が一定数上がるので、全国一律の診療実績下位33%としたところに問題がありそうだ。これでは、都市部の自治体病院・公的病院等の統合再編が返って進まないだろう。また、公表が病院に予告なく行われたことも問題だ。病院職員や住民・患者に不安を与え、リストに載った病院は経営が危ないと見られ、若い医療職が就職に躊躇するかも知れない。職員のモチベーションを下げ、大量退職や医師を派遣する大学医局の医師引き上げや新規派遣を見合わせるなど、その他風評被害の危険性もあるかも知れぬ。こうした問題を抱えての再検証期間が1年間と短いのも大きな問題、地域の病院の統合再編には公開による丁寧な話し合いが絶対に必要だと思われる。

◆中央・地方政府関係上の問題
 言うまでもなく地域医療構想は国の医療政策であるが、自治体病院の設置・運営は自治事務であり、統合再編になれば地方自治の問題でもある。中央政府と地方政府が「対等の関係」の上で協議・対応する地方分権の理念からして病院に予告なく公表されたのが問題である。実際に病院職員や住民・患者に不安を与えている。つまり、地域の病院の再編には公開による丁寧な話し合いが必要であるということになり、地域主体で病院再編を議論してしかるべきであろう。国はこうしたことにあまり関心や理解がないのだろうか。  
 地域医療構想調整会議は法律による、医療の専門家の集まる会議である。だが地方自治上において、自治体病院に関して政治的な決定をする権限は有していない。医療専門家の意見は尊重すべきであるが、地方自治上で判断すべき要因は医療提供の視点だけではない筈だ。


◆国と地方の意見交換
 全国の公立・公的病院について再編・統合の議論が必要との見解を示した厚労省の判断に対して反発が続いている。昨年末、厚労省と徳島県内の医療・行政関係者らとの意見交換会でも不満の声が相次いだ。人口減少、少子高齢化と地方を取り巻く環境が厳しさを増す中、病院の再編・統合について検討することはやむを得ない面もあるが、その進め方に大きな問題があるというのである。徳島県内5病院を含んで公表された病院リストを見ると、がん治療や救急など9項目の診療実績や近隣に類似機能を持つ病院があるかどうかなど、全国一律の指標で選定している。そこには山間僻地の厳しい医療環境が理解されておらず、地域の実情が十分考慮されていないという医療関係者や住民の不安があることを銘記すべきだ。  
 団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になる2025年を見据え、国は過剰なベット数を削減して効率化を図る「地域医療構想」を掲げているが、その進捗は厳しいのが現状である。こうした取り組みを推進したい意向は理解できても、だからといって画一的な基準によるリストを一方的に公表し意見を求める方法は到底理解できないし、乱暴なやり方である。病床利用率が低迷していても、地域住民にとっては極めて大切な医療機関であるのは論を待たない。そうした地域事情への目配り抜きで意見や理解を求めてもとても実のある結果は得られない。本末転倒の議論の進め方では、問題解決に至らないのは明白だというのである。


◆医師数全国最多徳島県の課題
 厚労省発表「医師・歯科医師・薬剤師統計」によると、2018年末時点の人口10万人当たりの医師数は329.5人と全国最多を更新した。因みに全国の医師の総数は32万7210人と過去最多を更新、2年前の2.4%(7730人)増、最多の徳島と最少の埼玉(169.8人)と2倍近く開きがある。徳島の歯科医師数(107.6人)は東京に次ぐ2位、薬剤師(233.8人)は1位となっている。医師不足解消のために医学部定員の臨時増が背景にあるようだ。  
 医療機関の従事医師数が全国1位の徳島県でも病院の再編・統合による課題が山積する。医師が集中する県東部と県西部、県南部の深刻な医師不足といった現状だ。県立三好病院の勤務医は17.18年度と2年連続で1300時間を超える残業をせざるを得ない、県南部の那賀町立上那賀病院では過疎地でのスタッフ不足で最低限の医療を提供できず、これでは安心して住めず消滅していく地域も出てくる、医師の集中する県東部の公立、公的病院においてさえ、単独で24時間体制の小児救急体制が維持できないなど厳しい現場の声が上がった。これに対して厚労省地域医療計画課長は、批判が多かったことを認めつつも人口減少や、団塊世代すべてが75歳以上になる2025年を見据えた医療提供体制に関する検討の必要性を強調し「地域で必要な医療体制を議論して欲しい」としている。


◆厚労省、公的病院再編巡り方針一転
 年改まり1月17日、厚労省は再編・統合の議論が必要として昨年9月に公表した424の公立・公的病院のリストを修正し、対象は約440病院になったと発表、徳島県鳴門病院など1都6県の7病院を除外する一方、新たに再編検討が必要と判断した公立・公的病院の対象に約20病院を追加したが、これまでの再編方針から一転し病院名や所在地など特定につながる情報はすべて非公開とした。本来対象となるべき約20病院が漏れていたから追加したとか、公表してこれ以上住民への不安を広げてはいけないので非公開にしたとか、すでに公表した実名リストは過去のもので消し去る必要はないとか、住民の理解には地域差があるので理解が広がったら自治体から公表してもよいなど自治体任せの姿勢を見せた、当然のことながらこの方針転換に対して、いったん公表した病院名を一部撤回する杜撰さや、追加分を非公開とする一貫性のなさにさらなる批判が集まりそうだ。


◆地方分権視点のモデルケースを
 麻生内閣時の経済対象で平成21年度補正予算による地域医療再生基金事業を思い出す。政策誘導を行うために手厚い財政支援を行い、それぞれの統合再編の試みの成功事例を踏まえて次の統合再編の取組を進めるやり方であったように記憶する。その時の成功例と手法を活かしつつ、今回の病院の再編統合を進めるモデルケースを各都道府県に主体的、重点的に取り組んでもらうべきではないか。先ず、地方分権の視点に立って、マニフェスト手法PDCAサイクルで地域事情を踏まえた取り組みが求められていると思われる。  
 病院の統合再編は「権力」では進まない。地域の医療を守るという「共感」が広がらなければならない。病院現場への敬意と誠意ある対応が共感を生むことを忘れてはならない。


◆地域包括ケアシステムの構築と深化
 国は医療費抑制策をより一層推進するために、各地方自治体及び住民が願う地域医療の充実よりも、地域医療構想最優先の「新公立病院改革ガイドライン(2015年)」にもとづく新公立病院改革を進め、公立病院の入院ベット数削減や病床機能の変更により安心して住めない、住み続けることが難しい地域を増やし続けるのか。対して地域の実情を組んだ地域医療と地域を守る運動を展開していくのか。正念場の中核に位置する重要課題なのである。  
 最近よく指摘されるいわゆる8050問題あるいは805020問題とは、「要介護の80代と、その年金を当てに暮らす50代の無職息子・娘、20代の障がいを持つ孫が同居する世帯」であって「複合課題の象徴」とみられる。さらに自殺願望や貧困や寂しさなどは医学では治療できない。こうしたニーズが増えている以上は、各専門家が加わるソウシャルワークの重要性が増してきている。専門的な視点による新たなまちづくりへの参加が求められる。  
 これからの共生社会では、多様な人々を社会的に包摂できる暮らしやすいまちづくりが欠かせない。元気な高齢者は言うまでもなく、支援を必要とする方々もいろいろな形でまちの居場所づくりなどに参加し、貢献する仕掛けが構築されなければならない。また、医療機関・介護事務所・社会福祉法人などの専門組織、地元商店街・スーパーマーケット・コンビニエンスストア業界・鉄道や金融機関・大学や高校などに働く人・通う人が参加することが期待される。このような全体像の演出者・デザイナーとしての自治体の役割が期待される。こうした包括的な支援体制が機能するようになると、虚弱ないし要介護の高齢者のみならず元気高齢者・児童や乳幼児・障がいを持った人・軽度認知障がい者、それぞれの家族などが各生活圏域で主役として活躍できる場面が増える。連携こそ大きな力であろう。  
 低診療報酬や災害時医療、救急医療、へき地医療など採算の取れにくい医療に対して、公立病院が住民の命と健康を守るために力を発揮できることこそ採算性の前にしっかりと議論されるべきであろう。「地域医療を守り、地域を守る」ことの大切さを強調したい。

(西川政善、徳島文理大学総合政策学部(兼総合政策学研究科)教授)