2019年秋、第58回全国自治体病院学会が本学において開催された。香川征学会長(徳島県病院事業管理者)は、「時代の潮流を読み適切に対応し、医療の源流を改めて見直す」ことの重要性を説く。そして、現在は「人口減少と高齢化」「医師の診療科及び地域の偏在」など、住民に身近な「地域医療」が大きな岐路にあり、更に「働き方改革」など自治体病院を取り巻く環境は厳しさを増している。しかしこのような社会環境であるが、住民が安心して暮らせる「地域社会」では、地域医療の重要性が改めて認識され自治体病院は無くてはならない存在となっている。ここ徳島県においては人口10万人当たりの医師数こそ全国トップクラスだが、その地域偏在は大きく県南部や西部地域は医師数不足の状況下にあり、これらの地域の医療を支え中心となっているのは自治体病院であるのが現実である。従って、「地域医療」ひいては「地域社会」を守るためにも、自治体病院が常に新しい医療の潮流を読み運営努力を重ね存在感を高めなければならない。「地域医療は我々が守る」との先人の熱い思いに立ち返り、「自治体病院のこれから・あり方」を大いに議論し「近未来の新しい姿」を探りたい、と続けられた。
関心のある特別講演会・総会シンポジュウム・分科会などを聴取し、その概要を以下記す。
◆自治体病院を取り巻く医療情勢への対応 全国自治体病院協議会会長 小熊 豊
現在の協議会は、正会員数867、準会員数235、200床以下の病院、人口10万人以下の地域に存在する病院が共に約6割を占める。自治体病院の果たすべき役割は①民間病院では対応が困難な中山間地・僻地・離島などでの医療、②政策的、不採算医療、③民間病院では対応できない高度専門的医療、④医師・医療従事者の養成や派遣などの機能があり、これらを重点化することが政府の骨太方針や地域医療構想調整会議等から求められている。その上、自治体病院の役割は地域地域、個々の病院ごとに事情が異なり、地域住民が必要とする医療、最後の砦としての機能を発揮して、住民に病院があってよかったと信頼される病院を目指す必要がある。人口減少・高齢化社会を迎え持続可能な医療提供体制の構築のために行政と意思疎通を図り、病床のダウンサイジング、連携・再編・統合、効率的運営、就労環境の整備等に積極的に取り組み、地域内での病院の在り方を問い続けることが大切である。
一方、診療報酬は最近連続してマイナス改定となり、経営は苦しく自治体病院のほぼ6割が赤字で、自治体病院への繰り出しはおよそ年8000億円に上る。医療は大変革期にあると言える。即ち、医師の養成・需給・偏在・不足に係る問題、働き方改革の問題、地域医療構想を通じた医療提供体制の確立の問題、地域ケア・医療・介護制度に関する問題、消費税増税と控除対象外消費税の問題、高額薬品、先進医療と国民皆保険制度の問題、AI・ICT等の医療への利活用問題等々いずれをとっても容易ならざる課題が目白押しである。自治体病院の生き残りをかけた、しかも何一つおろそかにできず互いに密接に関連し合う一体的な対応、パラダイム転換が求められる重要課題と言える。
◆地域包括医療・ケアの時代~全員参加の健康づくり、街づくり~
全国公私病院連盟の邉見公雄会長は、地域包括医療・ケアの時代に全員参加の健康づくり・街づくりを呼び掛けた。医療債権の成功例として丹波医療センターを紹介、第1次医療崩壊の象徴的な地域に開院した中核病院、それも県立病院という自治体病院と日本赤十字社の病院が合併した画期的な成功例である。
公共交通アクセスが今一つの地域にあって、県立病院と日赤病院、医師会、関係大学(主に神戸大学・兵庫医大)や関係者、住民各位の熱意と協調性が大きかったことが第一。
加えて、当病院が総合病院のメッカを目指していたことが第二。医院長は就任早々研修生など若手医師を多く集め始め、高齢者の多くが複数の病気を抱え専門医では対応が難しいので、兵庫県内の地域枠や自治医大卒業生のみならず多くの総合医を育てる狙いがある。また丹波市立で医師会の休日診療所も入る健康センター「ミルネ」、市立の看護学校も併設・付設し、街づくり・人口減対策にも資している。第三は、勤務医の働き方改革で、地域医療崩壊の危機に陥らないように医療サポーターを創り、人口減少時代の「競争から共同・協働へ」の変革という先駆けをしたのである。全国的にも参考にしてもらいたいものだとされた。
◆病院における働き方改革
岡崎淳一(元)厚生労働審議官は、病院従事者の働き方改革について意見を述べられた。働き方改革の基本的考え方は、平成28年安倍総理の「働き方改革実行計画」から読み取ると、働く人の視点に立って労働制度を抜本的に見直し、企業文化、ライフスタイル、働くということの考え方を見直す改革である。具体的には、長期労働の是正、正規と非正規の理由なき格差をなくす、転職が不利にならない柔軟な労働市場の形成等である。この働き方改革関連法案が国会に提出され、平成29年6月に成立し、本年4月から順次施工されている。
先ず労働基準法改正により、時間外労働の法的上限として1カ月45時間、1年360時間が定められた。36協定を締結する場合には、基本的にはこの範囲内で上限を決めなければならない。臨時の必要がある特別な場合には、いわゆる特別条項を定めることによって、1年のうち6月までは月45時間を超えることができる。その場合には、1年720時間以下で、かつ、単月は休日労働を含めて100時間未満、複数月平均では休日労働を含めて80時間以下としなければならない。この規制は、医師以外の病院勤務者には本年4月から(中小病院は来年4月から)適用され遵守しなければならない。
医師については、5年間はこれまでの労働時間法制が適用される。即ち36協定で定める時間外労働の限度について法的上限はない。ただし、医師の健康を考えれば時間外労働の限度は最小限にすべきであり、また、36協定で定めた限度を超えて働かせれば違反となる。今後の医師の労働時間については「医師の働き方改革に関する検討会」で検討され、5年後には、基本的には休日労働を含んで月100時間、年960時間を法的上限とすべきとしつつ、地域医療確保のための暫定特例と集中的技能向上のための特例を設けるべきと提言された。病院勤務医の実態調査では、これを超えている医師が相当数おり、今から取組みが必要だとされた。
医師の長時間労働対策は、その労働時間短縮のために医療機関内のマネジメント改革、医療行政の取組、上手な医療のかかり方の周知など総合的な対策が必要である。
さらに働き方改革関連法により、本年4月から少なくとも年休を5日取得させることが義務付けられ、来年4月から同一労働同一賃金の法制が施行され、その他パワハラ対策などが義務付けられ、これらの対応も重要とされた。
◆シンポジウムでの提言
つるぎ町立半田病院・須藤泰史病院長は、僻地中小自治体病院の現状と苦難への対応を切々と訴えた。半田病院は徳島県西部中山間地域(美馬市・三好市・つるぎ町・東みよし町)に立地する120床の町立病院である。今年公表された厚生労働省の医師偏在指標では、徳島県は全国8位(265.9、平均238.3、1位東京都329.0、最下位新潟県169.8)と医師が多い県に区分されているが、半田病院が所属する2次医療圏(徳島県西部)は139.0で244位(徳島東部309.4
33位 南部201.3 97位 最下位秋田県北秋田69.6で335位)であり、県内では医師の偏在が顕著となっている。全国的にも県都に医師が集中し県内の他の2次医療圏では医師不足の状況にある。県西部の医師会では医師の高齢化などにより、2004~17年に11施設が閉院、ベッド数が450床減少、全国で行われている地域医療構想会議が示す2025年に想定される高度急性期・急性期・回復期・慢性期のベッドの確保は実現が怪しくなってきている。都市部では過剰な医療施設をどう集約化するかが課題となり、過疎地ではどうやって最低限の機能維持をするかが問題となっている。僻地において経営が赤字になってもそこで残れる可能性があるのは自治体病院であり、その機能維持は重要課題である。過疎地における医療機能低下の問題は単に地域医療を守れるかどうかに止まらず、日本国土を保てるかどうか大きな問題であり、未来の日本人に対して極めて大きな問題として国家が非常事態と捉えて対応すべきだ。医療圏の実情を国や県に強く訴えるとした。
国民健康保険・海陽町宍喰診療所白川光男所長は、行政や地元医師会と連携し巡回診療などに取り組んだ事例を紹介し、地域住民の高齢化を踏まえて複数の疾患を持つ高齢者の増加に対応するためにも、病院と介護の連携を検討すべきだと話す。公立診療所が置かれている過疎地の保険医療には、各方面との連携のうえ各医療施設が地域医療構想での役割の明確化が必要だと言うのである。宍喰診療所は徳島県最南端にあり県と徳島市から車で約2時間を要し、高齢化率47.0%、過疎地域の総合的かつゲートキーパー的医療機能を果たす。各方面との連携では、①行政(保健・福祉)との連携、②福祉・介護に関連する機関、③地元医師会、④大学など医育機関、⑤自治体病院はじめ各病診連携先が対象となる。具体的取り組みとしては、行政の要請により無医地域への巡回診療、山間部の孤立住民への心身のケア、町社協による地区住民対象の健康サロン実施、県立海部病院の行う在宅療養連携カンファレンスに参加し地元医師会導入の民間リソース「バイタルリンク」の活用、徳島大学病院と医療機関間で連携する「阿波あいネット」により救急での情報共有・慢性疾患での地域医療連携、連携の有効ツールとして地元医師会と作成した「徳島県海部郡医療方言用語集」による学生や若手医師・スタッフ間のスムーズな連携に資し、大学の初期医療における地域医療研修「南阿波総合診療医養成プログラム」に加わり後期研修医養成に関わり、過疎の海部・那賀モデルとして各公立病院・診療所が機能分化・連携を行い一体となった医療体制の提供に寄与できるよう努めるなど、今後とも過疎地の保健医療の充実に務めたいとされた。
(第58回全国自治体病院学会IN徳島プログラム・抄録集参照)
(西川政善、徳島文理大学総合政策学部(兼総合政策学研究科)教授)
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