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中央テレビ編集 


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自治随想
「笑顔日本一のまち 久慈市」の行政経営

◆はじめに
  久慈市は本州一の面積を有する岩手県の北東端にある人口約3万6千人のまちである。つい最近までは、NHK連続テレビ小説「あまちゃん」で、三陸景勝地に展開する海女文化と「じぇじぇじぇ」「まめぶ」などの方言が全国的に知られ多くのファンが久慈市に訪れる。私は久慈義昭第3代市長(1979~2003年、6期)と深く交わり、全国市長会、青年市長会の役員・会員として各市の発展のため行政経営に関して激論を交わし大いに実践活動をする。  
 もう四世紀あまり前になるが、青年市長会総会が久慈市で開催され全国各地から40名を超える50歳までの市長が結集した。「青年よ、故郷に帰って市長になろう」(読売新聞刊)を共著出版した血気盛んな面々であった。この頃の久慈市の売りは、実父である久慈義巳2代市長の後を継ぎ、国内最大の琥珀の産地・ジオパーク・三陸国立公園など自然の恵みであった。その一方で、果敢な決断をして国策に基づく国家地下石油備蓄基地を誘致している。我々一行は幸いなことに、その地下現場を視察することができた。1本の地下岩盤タンクの大きさは幅18m、高さ22m、長さ40mで、これが10本あると聞かされた。「目の前にあるタンクが10本も!」とビックリ仰天。さらに、合計したオイル備蓄量は167万キロリットルで、日本国中が通常通り石油を使った3日分に相当し、岩手県内だけならばおよそ、1年分に相当すると聞く。一同、唖然としたものだ。そのうえこの巨大基地の工法は、オイル漏れを防ぐために「水と油」の原理が応用された工法であり、オイルタンクに見立てた岩盤の周りを水で満たし、水圧をかけることによって安全性を確保する。この工法によって、火災や地震などの災害対策が行われ、かつ、海上汚染を引き起こさないように設計されている。
 石油資源のほとんどないわが国では、久慈市と今治市地区、串木野市の三カ所に同じような国家プロジェクト(岩盤地下タンク方式)が完成し、国民生活を守っている。わが盟友久慈市長の英断と実行力、それに応えた先人、市民、広く県民に国民の立場から改めて敬意を表する次第である。もちろん国家プロジェクトだけに、国の予算措置、基地運営にあたっての年次毎の支援等々地元活性化への多大の貢献は言うまでもない。  
 久慈港エリア沖に着く大型タンカーから、様々な安全装置を施された経路をたどって岩盤タンクに原油が満たされ、必要に応じて計画的に原油がタンクから搬出され、わが国の産業と生活を支えているのである。ちなみに一言記しておきたいのは、わが国の石油備蓄現状である。二度にわたる石油ショックを受けて1961年発足したOECD(経済協力開発機構)が「先進国は90日分ぐらい石油備蓄をすべきだ」とした目標を示し、田中内閣以来わが国では岩盤地下タンク式3基地(久慈市、串木野市、今治市菊間)及び地上タンク式(志布志湾基地)、上五島基地のように海に停留・固定したタンカー船に備蓄する方式など9基地、計12ヵ所の備蓄基地を整備、現在100日分を確保している。  
 その久慈市一帯が、あの東日本大震災、大津波に襲われたのであった。私は、久慈市長はじめ親交のあった当該知事・市長・町村長の安否確認の連絡を取ったうえで、3.11発災後の3月末に約1週間かけて見舞・激励に回る。久慈市は交通アクセスが取れず訪問は断念したが、元気な声は電話で確認でき、「復旧・復興を目指す」決意をみなぎらせていた。

 
国家地下石油備蓄基地 日本地下石油備蓄k.kホームページより                地下岩盤タンク
◆ヘルスツーリズム健康増進事業
  現在の久慈市遠藤譲一市長は、私の中央大法学部の同窓(後輩)、従って全国市長会白門(中大)市長会のメンバーである。彼は岩手県在職時から青少年・男女共同参画に取り組み、この経験を生かすべく2014年市長就任以来「ココロとカラダを永久に慈しむまちづくり」を目指して、久慈市ヘルスツーリズム健康増進事業に取り組んでいる。
 2016(平成28)年度からヘルスツーリズム事業化を宣言する。そのねらいは交流人口拡大と市民の健康増進という2つの課題を解決することにあった。ヘルスツーリズムとは端的に「健康への気付きを与える旅」と定義する。もちろん旅をしただけで健康になるわけではない。旅をきっかけとして、健康に無関心な人に楽しみながら関心を持っていただくよう促すこと=「行動変容」をもたらすこと、運動や健康に良い習慣をつけていただくことが狙いだという。これは、旅で久慈市を訪れる人だけをターゲットにしているわけではなく、先ずは市民の行動変容を促し、市民が健康になることを第一と考え、そして、健康な市民がいる久慈市に、健康への気付きを得るために多くの交流客が訪れる。これまでにはない健康分野に着目した新たなヘルスケアビジネスが生まれるーといった好循環を期待する。


◆教育旅行のノウハウを生かした体験プログラム
 久慈市にはこれまで教育旅行で培ってきたノウハウがある。すなわち、教育旅行の体験プログラムはすでに30種類ほど久慈市にはある。例えば、渓流を上流へと進むシャワークライミング、教育旅行では「協力することの大切さ」を学ぶ場、一人では歩けないような不安定な足場や川の流れに負けないよう気を付けながら、仲間と助け合いながら上流を目指すこと、協力することの大切さを学ぶことができる。不安定な足場や川の流れは、普段使わない筋肉や体幹を鍛えることができる、冷たい水による冷刺激は自律神経の活性化や脳活性、血液循環の活性化などに、また、森林から発せられる森の香り・木の香り、いわゆるフィトンチッド(植物が発する揮発性の物質の総称)は、ストレス解消やリフレッシュ効果を促し、やすらぎを与える副交感神経を活発にする効果があるとされている。そのほか、木登りをするツリーイング、白樺林の中を歩くトレッキング、そして、総延長6,000m以上ある打間木洞(うちまぎどう)探検、日本最大の琥珀の産地である久慈市ならではの体験ができる琥珀採掘体験など、豊富な体験プログラムを健康目線で提供することが可能なのである。



渓流をさかのぼるシャワークライミングは教育旅行の人気プログラムの一つ

◆新たな体験プログラム開発
  先ず、中心市街地にある「十二支巡り」である。これまでの教育旅行は合併前の旧山形村エリア(市西部内陸側)と侍浜エリア(市北東部海側)が中心であった。これを市全域に広げるのが課題であったが、体験を実施するエリア間の送迎等がネックとなっていた。この点一般や企業等をターゲットとするヘルスツーリズムでは実施可能となった。前述の「十二支巡り」は各干支を祀る神社をめぐり、その守り本尊から守護とご利益をいただく厄除け開運巡りで、自然に、近場に十二支巡りができる神社が点在するのは全国でも珍しいらしい。中心市街地にある「やませ土風館」という道の駅周辺の山中に神社10社が点在し、各干支(守り本尊)が祀られている。この十二支巡りの一部(約2km)を歩くことによってどのような健康効果があるかを検証する市民モニター調査も行う。3ヶ月間、週3日、十二支巡りを歩く人と、日常生活を送る人とで、血圧や血糖、腹囲などにどのような違いが出るのかを検証する。この検証をしっかり行い医学的根拠とし次年度以降ヘルスツーリズム商品としてアピールして行きたいと意気込む。


◆健康食を提供するためのチャレンジ
  健康目線で体験プログラムを提供するだけでなく、食事についても健康を意識したメニューを考える。栄養・バランス・見た目など各般にわたり検討し、旅に訪れた人々をもてなす場として、量と味に満足してもらう食事を提供したいもの。量が少なくないように、おなかいっぱい、おいしいものを食べて欲しい、そんな人情味あふれる配慮を心がけたい。岩手県は味付けが全国でも濃い方だといわれ塩分が高いことが脳卒中死亡率の高さの原因の一つと言われている。ヘルスツーリズムで提供する食事では、量(カロリー)や塩分を制限し、PFCバランス(蛋白質、脂質、炭水化物の三大栄養素のバランス)に配慮した内容にする。また、制限するだけでなく飾りつけ、味付けなどの工夫にはコストと手間がかかることも事実。飲食店・旅館・ホテルサイドも健康目線での食の取組について総じて賛成、市場として可能性も模索され総論賛成であるが、いざ工夫された健康食メニュー提供という各論に及ぶと、試食のためのコスト、商品の単価如何など問題もある。先進事例の紹介や実践的な講座を開くなど様々に検討が進められている。



飲食店も交えた検討を進める健康食づくりの取り組み

◆地元愛を持ち、笑顔日本一のまちづくりを
 ヘルスツーリズムは、これまであまり関わりがなかった「観光」と「健康」という分野をつなげる取組みでもあり、関係者や事業者等への趣旨説明や理解促進、浸透、そして連携が必要だと感じており、「市民が健康になり、その健康なまちに多くの交流客が訪れる」というのが久慈市の目標だ。十二支巡りをはじめ、洞窟セラピーや森林浴、温泉療法、タラソテラピーなどの効用が期待される体験プログラム=地域資源の価値を健康目線で見直し、先ずは市民に浸透させること、それこそが、地元の価値の見直しを図る取り組みであり、地元愛の醸成である。「市民が健康で地元を愛し、笑顔日本一になることを目指して挑戦し続けたい」と、遠藤市長は力強く語った。
(日本都市センター編「ひとがつなぐ都市の魅力と地域の創生戦略」参照)

(西川政善、徳島文理大学総合政策学部(兼総合政策学研究科)教授)