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中央テレビ編集 


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自治随想
国境離島・対馬市における地方創生実践例

◆はじめに
 平成30年6月中旬、久し振りに東京大学本郷キャンパスの赤門をくぐりすぐ左へ、正門前から安田講堂に至るメーン通りを右に見ながら直進、少し進んで工学部14号館1階141教室にて、(一社)日本計画行政学会定時総会を開催、審議事項、報告事項等を決定、その後のプレゼン、シンポなどで特に印象深かったことを私なりに報告することにする。  

◆長崎県対馬市まちづくり推進部しまの力創生課係長
 これはプレゼンター前田剛氏の正式の肩書であり、いかにもコッテリ感が漂う。彼自身13年前に対馬に魅了されて移り住んだ移住者、その動機は学生時代にツシマヤマネコの保全活動にかかわり、リピーターとして通い、対馬の人々と交流し社会における自分自身の位置付けや役割を強く認識したことである。移住し対馬で暮らしてみて感じたのは、住まい、子育て、教育、医療福祉、交通、買い物など地域で暮らす厳しさだ。「田舎暮らし」は良いことばかりではなく、厳しさに向き合う覚悟が必要で、移住のハードルは高いと感じている。そうした中、地域の活力を維持する上で、移住よりもハードルが低く、将来的には移住の予備軍ともなりうる「関係人口」が注目されている。関係人口は、地域での「深い学び」があってこそ生まれるものであることを、総務省が定義する「域学連携」を通じて実感できると考えて実践を始めるのである。



   域学連携、関係人口づくりについてプレゼンする
      対馬市しまの力創生課 前田係長 


◆域学連携への4つの期待
 高等教育機関がない離島や過疎地域では大学との連携(域学連携)に対して4つの期待を持つ。即ち、①大学が有する専門性への期待、②地域にいない若い学生の感性への期待、③若い活力や労力への期待、そして、④地域で暮らす喜びや苦悩を体験して欲しい期待だ。この4つのうち特に大きな期待は、やはり大学の専門性であろう。いつも見慣れた地域資源に、様々な科学的アプローチで光を当て、例えば、長崎・対馬の伝統発酵食品「せん」(東京農業大学)やニホンミツバチ(京都産業大学)の対馬固有価値が解明され、また、海洋微生物から医薬品候補化合物(長崎大学)が探索されるなど、対馬の付加価値向上や産業振興につながる研究が行われている。地域課題についても例えば、水産業が基幹産業である対馬において深刻化する「磯焼け」に対し、環境DNAメタバーコーディング法(多種同時検出法)を用いて海域ごとに生息する魚種を明らかにすることで、現状の把握を試みる(九州大学)など、そのいずれもが最新の科学技術が応用されており、大学の力がなければ見出されることがない知見ばかりである。  学生の感性にも目を見張るものがある。農林漁業インターンで来島した立教大学学生は、定置網のオフシーズンの収入確保策として、釣り堀開設を提案する。船酔いや天候のリスクがなく、遊漁船や磯での釣りができない女性や家族でも気軽に楽しめるサービスであり、ある程度のニーズがあろう。経営学部という専門性、都市部の若い女性の視点・感性を踏まえた提案に現地の人たちは感服し切りであったという。九州大学決断科学大学院プログラムの大学院生は、対馬の地域資源「対州馬や舟グロー(和舟の競争)」を活用したトライアスロン「ツシマスロン」を考案し、自転車・マラソン・水泳の「セルフトライアスロン」を実施しながらその可能性を追求しているという。その奇抜な発想と行動力には驚いたそうだ。


◆体験への期待
 毎年、大学関係者を受け入れながら切に願うことは、離島や過疎地域の現状を特に学生に体験してほしいという事だそうである。対馬で学んだ学生の感想の一部を挙げると、「自分は都会で働くことしか見えていなかった田舎で暮らし、働くという選択肢を知った。肌感覚で新しい選択肢を得たのは、私の中では大きな収穫」、「地域おこしは、自分に強みやスキルがなければやっていけないと痛感した。地域の企業に就職して経験を積み、地域おこしへの関わり方を考えたい」、「日本の少子高齢化や地方創生、環境問題などこれまで他人事だったことを身近な問題として考えられるようになった」、「生物多様性に対して全く興味がなく、生物多様性は生き物好きの人達が守るものと思っていた。しかし、生物多様性の保全は実は自分たちの暮らしを守ることであると学んだ」、「倒壊する空き家、耕作放棄地の拡大、放置されるインフラ、失われる文化や誇り等、国や学者は集落の撤退戦を唱えるが、乱暴な議論だと強く思った。その一方で、集落を維持するために税金を投じることに強い疑問を感じた。将来、集落が存続できるのか、そういう厳しさを目の当たりにした」、「東京で地方創生を語るばかりでなく、現場で地域の現状・課題を知ることができてよかった。今まで、過疎や地域おこしなんてU・Iターンで若い人が入って行けば後はどうにかなるという認識しかなかった。その程度の認識で地方創生に関する公務を志していたなんて、今となっては恥ずかしく思える」等々である。  日本の学生は約280万人、その7割は三大都市圏に偏重している。その学生の多くが都市部出身で、地方出身といっても地方の都市部出身の学生が多くを占める。その上、地方出身の学生でも地域の実情を知っているかというと、今の教育構造からすると十分に地域の魅力や課題を知らないまま故郷を離れる。今のような社会構造において、大学や都市においては過疎問題の本質をとらえ、真の地方創生の視点を持つことは難しい。地方創生や人口減少対策が叫ばれる一方で、イメージとリアリティとのギャップが広がっているのではないか。そうした状況に疑問や違和感を覚える学生たちが、対馬に離島・過疎地域のリアリティを求めて飛び込んできて、対馬での体験を通じて過疎の現状を知り、将来を深く考えてもらうことは、対馬のみならず日本社会・地方社会全体を維持していく上では大変重要であると実感しているというのである。


◆フィールドキャンパス「対馬学舎」
 国境離島・対馬市では、未だ自治体には珍しい取り組みである「大学との連携に関する政策分野別基本計画」(日本計画行政学会第17回計画賞最優秀賞受賞)を策定している。その計画に基づき、対馬全体を国内外複数の大学のサテライトキャンパス「対馬学舎」に見立て、地域・大学双方のニーズに応じた多様なプログラムを提供することで、学生・教員の誘致を図っている。  大学での学びを基礎とし、プログラムには4つの柱を設定、即ち、①地域おこしに飛び込むきっかけづくり・入門編としての「島おこし実践塾」の開催、②実践による個別具体的な学生実習「現場学」の受け入れ、③対馬の付加価値を高める学術研究の奨励、④対馬をフィールドとした大学主催の合宿・研究等のサポートなどである。さらに注目すべきことは、これらの活動成果を対馬に還元し、地域振興や誇り意識の醸成のため、年に1度「対馬学フォーラム」と銘打つ発表会を開催する。  これらのプログラムを通じて2017年度、国内外80の大学等から569名の学生、185名の教職員・研究者が来島、その延べ滞在人数は3578名に達した。20歳前後の若者や専門人材が少ない離島地域において、その数がもたらす社会経済的インパクトは大きい。しかも、これら4つのプログラムを発展的に参加したり、様々な組み合わせで参加するために再来島する。  2017年の来島学生のうち104名は、同年度内、前年・前々年度に来島した学生リピーターであった。学生の再来島はこの上ない喜びであるが、再来島学生の具体的な活動内容を見ると、例えばメディア専攻の学生は移住者のドキュメンタリーを制作して対馬の魅力を発信し、教育学専攻の学生は対馬に長期滞在し、高校生に受験勉強を教えながらUターン意識を研究する。また、教職課程の学生は自身の母校ではなく対馬の高校を志願し、教育実習を行っている。さらに、野鳥の専門知識を持つ学生が行政や関係者と「対馬と鳥と自然」(長崎新聞社刊)を共著するなど、年々対馬との関わり方を多様化しているのである。  なかには何度も対馬に通い、対馬市の「学生研究員」(地域おこし協力隊)として長期滞在する学生もいる。その初代学生研究員である九州大学大学院の上妻潤己氏をプレゼンターの前田剛係長は語気を強めて紹介する。「彼は介護の自立化に関する後輩学生や指導教員を巻き込みながら取り組み、後輩学生の指導や来島学生の活動サポートに尽力し、それらの経験や感動をもとに新規学生を口込みで呼び込み、受け入れサポートを行い複数の学生が何度も来島し、人材確保の好循環が生まれている」というのだ。また、大学卒業後、対馬市職員に採用され前田係長と共に域学連携を担当することになった崔春海主事も期待の星として、一人でも多く「対馬中毒学生」を増やしてくれるものと期待を寄せているという。




◆今後の大きな課題
 なんだかんだ言いながら東京圏への転入超過は止まらない。その大半は大学進学や大学卒業後就職時の転入である。東京一極集中を是正するために、国は大学機能別分化政策や東京23区内の大学生収容定員抑制政策(地域における大学の振興及び若者の雇用機会の創造による若者の修学及び就業の促進に関する法律)を推進しようとしている。そうした政策は地域創生において一定の効果はあろうが、東京一極集中を是正し地方への人口還流を生み出し地域づくりの人材確保の実現に努めようとするためには、猶更に域学連携によって東京圏からのアウトリーチ(地域実践活動)に力を入れ関係人口づくりを促されなければならない。  とは言うものの、東京圏の大学が対馬のような遠隔地と連携・交流するのは、コスト面等ハードルが高い。人口急減による税収減や合併算定替えによる地方交付税の減少等、地方自治体を取り巻く財政状況は年々厳しさを増し、大学の受け入れコストを地方自治体が負担することは難しい。片や大学側はというと、国からの大学への運営費交付金や私学補助の削減、大学進学者数減少に転じる2018年問題等から大学を取り巻く環境も厳しい。  国は、2018年度に地方へのサテライトキャンパス設置に関する調査研究事業を実施し、地方・大学双方のニーズや条件を把握しマッチングする仕組みづくりや支援策につなげるという。また、JA共済総合研究所セミナーでは、「超高齢社会における地域の対応と若者の還流による効果を求めて~対馬市における地域包括ケアと域学連携の取組みより~」において、同研究所の主席研究員から明治大学が対馬に分校を作る正式の決定をしたと報告、その内容は同大学が有する自動運転社会総合研究所や野生の科学研究所など文理融合型研究機関とも協働しながら、社会実装に取組むというのだ。2017年度には先遣的に同大の複数の学生や教員が、対馬市の脳神経外科医である医療統括官が推進する「アグリパークプロジェクト」に参画し、地域包括ケアシステムの創造に取り組んでいる。地方におけるサテライトキャンパス設置促進策が議論される中で、明治大の先導的、モデル的なチャレンジは東京圏大学の今後の在り方のブレークスルーになるのではないかと期待されるところである。  このように国境離島対馬において、これまで見てきたような地域の学びの場にサテライトキャンパスを置くなど、積極的に域学連携を行う東京圏の大学に対して東京23区内大学の定員抑制の規制緩和が行われれば、大学に相当のメリットが生じ地方へのキャンパス設置が促されるのではないか、と期待をにじませる。  結びに、前田プレゼンターは、「将来的には、すでに連携協定を締結している九州大学、長崎大学、長崎県立大学、東京農業大学、立教大学、釜山外国語大学など複数の大学によるコンソーシアム(協会・組合・連合等)を構築し、域学連携の継続発展を図り、並行して、東京圏をはじめ都市部の学生や教員が地方に行きたくなる学びの場を地方にどう創造できるかが地方創生におけるイノベーションや人口還流のカギであることを認識して精進したい」と力強く述べた。


(西川政善、徳島文理大学総合政策学部(兼総合政策学研究科)教授)