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中央テレビ編集 


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自治随想
意欲ある地方議会構造改革の展開

◆はじめに
 1993年、地方分権推進に関する衆参両院の決議から四半世紀、全国各地で先進的な考え方を持つ地方議員や第三者などが主催する議員研修会等が多様な手法で開かれ、議会改革は相応に前進して来ていると感じられる。この上はさらに根本的な構造改革を実感できる研修会を期待していたところ、本年1月に愛知県犬山市において四人の市議会議長が中心に呼びかけ、議員の総体である議会全体の在り方を抜本的に見直そうという地方議会の研修会があったと早大名誉教授北川正恭氏から聞かされた。基調講演をされた同氏は、「議員から選ばれた議会の代表者である議長が意思を明確にして主体的に開催した意義」を強調されたという。私の市長時代に親交のあった石田芳弘元犬山市長の嬉しそうな顔が浮かんだ。

◆部分的改革から実質的改革へ
 思えば、150年続いてきた中央集権体制を分権体制に切り替える抜本的な構造改革は、先ず部分的な改革から始められ、当然のことのように既存体制に跳ね返され、あるいは仲間割れ、試行錯誤が繰り返されてきた。もとより分権体制は地方議会だけではなく、それを取り巻く中央政府、首長執行部、主権者である住民の理解・同意がなければうまく機能しない。しかし、何よりもまず地方議会の構成員である議員そのものが、分権時代に求められる役割に主体的に関われなければ機能しない。各議会の実績を基に議会全体で体制そのものから変え、バージョンアップさせる努力が問われてくる。  
 長く続いている組織には過去の前例が蓄積され、それに従って運営することが当然とする組織が多く見られる。地方議会も例外でなく集権時代の首長執行部優先体制が長く続く中で「地方議会はこんなもの」という固定観念、先入観が根強くあった。首長サイドの執行権を監視する限定的な役割が重視され、本来の議会の役割である議員提案による条例制定は、95年の地方分権推進法制定以前はほとんどない。地方議会サイドも首長執行部サイドも条例制定機能の存在を、その関心が低かったり、議会に条例を制定されてはたまらないという固定観念が長く続いてきたのではないのだろうか。こうした固定観念が払拭されることが抜本的な議会改革の出発点となる。最近では志の高い議員たちによって少しずつ改革が進んでいる。ここにおいて重要なことは一部議員だけでなく、議会全体が改革に取り組むことであろう。


◆議会事務局の充実
 二元代表制の一翼を担う議会の役割が格段に重視される今日、議会事務局の人的、財源的な充実は当然である。それなのに行政改革や財政改革の掛け声のもとに、執行部も議会事務局も予算は「一割カット」の風潮が横行する。一見平等のようだが、集権時代の執行部優先の人事配分、財政配分と言わざるを得ない。この固定観念を根本から変えて、互いに独立機関として機関競争をして、「地方政府」を作り上げていくのが求められる分権体制であろう。  
 小さな市町村では議会事務局職員5~6人、財政面を含めて弱小な事務局では、地方創生時代にふさわしい議会を構築しようという議員を積極的に補佐することは不可能であり、事務局の強化は必要不可欠と言える。従来の議会は執行部との関係が重視され、事務局もまた執行部と議会の円滑な関係構築に力を注ぎ、どちらかというと議会と住民との関係は今一つの感があり、議会全体で住民と接することは少なかったような気がする。しかし、議会基本条例を制定し議会報告会の実施をうたう議会が増え多くの議会が取り組み始め、議会広報のやり方も相当変わってきている。  
 議会事務局の役割はかつての書記官制度のような議員の世話役だけでなく、常勤者として議員とともに創造的な議会を構築するパートナーとしての役割が期待されている。まさに「事務局の充実無くして議会の充実なし」なのであり、本質的改革のスタートなのである。

◆議会と執行部の緊張関係
 従来の首長執行部は執行部提出議案を是が非でも通すことを最大の使命にして議会対応をするのが、私の市長時代を含めてほとんどがそうであった。提出した議案を通すために、有力議員との間に取引・貸し借りができ、それが執行部と議会の癒着体質を生む温床となる事例も散見される。いつの間にか執行部と議会のなれ合い体質が指摘されるなど、真の構図から離れた「地方自治体の構図」が続く限り、地方議会の不要論はなくならない。  
 執行部は修正や否決をされないように最大の努力をして議案を作り上げるが、議会から否決されることがあるという緊張感を執行部が持つことこそ極めて大切だと思う。議会は民意を反映しながらその議案の適否を慎重に審査して決定する。執行部提案を否決した場合は、当然、その理由を明らかにして市民に説明責任を果たされなければならない。こうした両者の緊張感ある関係こそが二元代表制による地方自治の在り方であり、この体制が整備されない限り、自己決定・自己責任の地方創生はうまく機能しないのである。  
 使命感を持って議会改革を実現していこうとする議会サイドと、提出議案を否決されることもいとわず議会と正面から議論する首長執行部サイドが揃ってこそ、市民に信頼される二元代表制による地方自治が実現するということであろう。

◆議会基本条例の進化(深化)
 平成18年北海道栗山町において全国初の議会基本条例が制定されて10年余、平成29年4月時点で議会基本条例を制定している自治体は全国に797議会あり、全自治体の約4割に上り、議会改革も進んで来ている。その進化の過程を見るにつけ、議会運営の改革だけではなく、それを住民福祉の向上につなげる議会からの政策サイクルの構築が必要であろう。議会運営という形式の改革から、本来議会が有している役割や権限を十分発揮して住民福祉の向上につなげていく次のステップへのバージョンアップなのである。例えば神奈川県秦野市や長野県上松町などでは「住民が議員となる環境づくり」を議会改革条例に明文化し、誰もが議員となって活動できる条件整備を明確にして注目された。また私が関係する早大マニフェスト研究所の調査データによると、女性議員比率が高いほど、また、議員の平均年齢が若いほど、議会改革度が高いという明らかな相関関係を公表している。もちろん同研究所も指摘しているが、女性や若者の議員が多い議会は都市部に多く党派構成の多様化も進んでいるので、直ちに女性議員が増えれば改革が進むということではない。多様な議員の存在が従来の議会運営を見直す契機になるということであろう。

◆成熟社会をともに生きる
 人は「一人では生きていけない」、だから共同体を作って「支え合いともに生きる」。古代アテネに始まった民主政治の歴史は、直接民主政治へ、代議制民主政治へと進化し、今日世界の大勢は成熟社会に至った。しかし、人間同士だから意見を異にして対立することもある。対立する相手をとことん追い詰めると、両者間に禍根を残し共同体維持が難しい。多数決で決めると、自分の意見が通らなかった人たちが不満を持ち続け禍根を残す。だから時間をかけて満場一致になるまで議論を続け、共同体であり続け「共に生きる知恵」を持たねばならない。かつての日本の地域社会は、意見の合わない人とも一緒に暮らしていく知恵を持っていた。ここに、成熟社会の今日、われわれは大いに学ぶことが多い。「自由でありたい」、「平等でありたい」という二大テーマをお互いの顔を見、体温を感じながら時間をかけて実践できる地方の議会こそ最適な場あると言えよう。こうした視点から改めて地方議会を見つめ直し、議会改革を支えてもらいたいものである。国内政治もこうした地方議会のボトムアップと言えそうだし、国際政治においてもアジアの国々と共に生きる、世界の国々と共に生きるためにどのように理解し合うか根気強く議論すべきであろう。相手を追い詰め、屈服させるようなことが外交の目的であってはならない。

◆人口減少は運命か?政策の結果か?
 結びに海外に目を転じて、人口減少、女性議員進出に成果を上げているフランスの例を見ておく。1994年に1.66まで落ち込んでいた出生率が反転上昇し、2006年に2.00まで回復したフランスでは、子育て世代のニーズを把握し、選択の自由を保障した上で、手厚い支援を実施する政策をとった。即ち、農業に従事する女性が出産によって就労を停止する場合には、代わりに働く人の賃金の90%をカバーする代替え手当が最大98日間支給されるという。このようにフランスはじめヨーロッパの国々では子育て関連支出が3%前後に達し、対する日本は1%前後に過ぎず改善の余地、政策面の遅れがあるように思われる。  
 また、わが国の家族制度の在り方にも問題がありそうだ。日本における出生総数に占める婚外子の割合は他国に比べて著しく低く2.11%だそうだ。2006年時点での比較では、イギリス43.66%、フランス49.51%、ドイツ29.96%、スウェーデン55.47%、アメリカ38.50%となっている。家族制度の壁が、生まれて来るべき子どもの出生を阻んでいると言えそうな数字である。家の後継ぎとされる長男や長女が結婚して氏を変えることへの抵抗感が強いために結婚できない男女が増えている話はそこかしこから聞こえてくる。  
 少子化対策の第一歩は子育て世代のニーズをきめ細かく把握することから始まることは明白だ。そこから政策を練り、政策を実行し、成果を積み上げていく。極めて身近な課題なのである。まさに地方自治体の役割であり、地方議会の出番であると言える。「眼前大局、されど着手小局」、大きな視点をしっかり見定めながら、一人ひとりの身近な問題・地域の問題を我々が先ず当事者として実践しなければならない。

(西川政善、徳島文理大学総合政策学部(兼総合政策学研究科)教授)

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