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中央テレビ編集 


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IT、ICT、AI な話

◆今月は市民劇場の例会月です。
 早いもので、労演と呼ばれた頃からすると半世紀50年も経過しているのですね、いろんな出来事がありました。全てについて語りだせば世も明けてしまうことでしょう。観劇を通じて人生を語る、出来れば、楽しく軽快に、場合によれば感涙に浸る。そんな真面目な取り組みでした。今からすれば、やや青臭い営みだったのでしょうが、良きにつけ悪しきにつけ私の人生での基盤を作った活動でした。
 大阪での活動後、徳島へ帰郷&就職。活動を離れていましたが、12年前に再入会。このコラムの前身である徳島エコノミージャーナルでも観劇日記、劇評などが原稿ネタとなりました。
 新劇などは辛気臭い。楽しいミュージカルなどが欲しい。との話はよく聞かれることですが、たまには、人生論に係るような真面目な議論もしてみたい。照れずに生き方について語りたい。そんな期待に応えてくれそうなのが、この9月例会であろうと思います。
 劇団昴の「アルジャーノンに花束を」です。新型コロナ感染症の影響で舞台数が減っていますが、一度は見てみたい。諸兄に勧めたい舞台です。


 あらすじは・・・

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並みの知能は持たないけれど、お人好しで心優しいチャーリイは、人類初の手術によって天才に生まれ変わる。夢にまで見た人生、そして直面する現実。その果てにチャーリイを待っていたものは 公演ちらしより

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 何か抽象的ですね。では、「アルジャーノン」って一体、何なのでしょう。その正体は、二十日鼠なんです。知能を向上させる手術を受け、実際に成功するのです。そこで、この舞台のチャーリーが登場します。一人と一匹は、ゲーム対決を行い、二十日鼠が勝ってしまうのです。それを契機にチャーリーは自ら手術を受け、知能指数が劇的?に上昇させるのです。
 *この原作が発表された当時、ロボトミーなる脳手術も市民権を持っていた時期です。感慨深いものです。
  賢くなったので幸せになるのか?そこからがこの舞台の本論となります。二十日鼠のアルジャーノンは、不幸な死を遂げます。では、人間のチャーリーはどうなるのでしょうか?人並の知能は持っていないけれど、グループ仲間からは可愛がられる。馬鹿にされながらも人間関係の輪の中で潤滑油の役割を果たして幸せな日々を送る。そんなことはよくあることです。
 もし、そのチャーリーが、グループで一番賢くなったらどうなるのでしょうか?仲間から尊敬されリーダーとして崇め奉られるということでしょうか?むしろ人間関係を破壊する異端者として扱われる可能性が高いのではないでしょうか?舞台展開を楽しみにしていて下さい。  
 ストーリー展開の是非は別として、このタイプの戯曲は私たちの日本社会では生まれにくいのでは?という根源的な印象を私個人は持っています。このような内省的な議論構築は、日本人には向かない。或いは、出稿されたとしても「扱いにくい代物」というレッテルが貼られてしまう。そんな印象を持っているのです。

◆コンサル活動は人間論より始まります。日本的特殊論も必要でしょう。
 本年7月号では、丸山真男さんの議論を紹介しました。
 書物としては「日本の思想」があります。


 氏の論議は、蛸壺、簓(ささら)という形(下記はイメージ図)に集約されます。日本の社会は蛸壺型をしており集団化圧力に満ちているという議論になります。詳細は本稿7月号を見てみてください。
 要するに、チャーリーは蛸壺を如何にして脱却するのか?出来るのか?がテーマだろうと認識しております。



 そんな時、安倍晋三前首相の暗殺事件が発生しました。思い出したのが、統一教会の創設者の著書です。これは先月号で紹介しました。信仰は別物として、この自叙伝、迫力満点です。朝鮮戦争を庶民の視点より捉えた私の知る限りでは初めての著作でした。



 自由民主党の国会議員の皆様方が、この組織との付き合いの方法で多くの非難を受けておりますが、埒が明かないようです。文鮮明氏の作った組織に振り回されているようです。迫力もあり、凄みさえある統一教会は、蛸壺の中で安住している巷の日本人は敵ではないのかも知れません。徒に拒絶するのでなくしっかりと学びたいと思っております。

◆では、日本の左翼はどうなっていくのでしょうか?

 現在の私個人の課題は、「日本でいちばん大切にしたい企業」であると認識しております。但し、本論への導入部分には日本人論という前提が必要なのではないでしょうか?統一教会、自由民主党の次には、やはり左翼といわれる勢力の解釈も必要であろうと考えます。文藝春秋の8月号の特集「日本左翼100年の総括」が興味深かったので久しぶりに購入しました。




 主に、日本共産党の歴史、非共産党左翼の歴史の解説です。忘れかけていた知識の整理になりました。一度、手に取ってみてください。但し、私の期待していた蛸壺論には、あまり触れられていませんでした。実は、丸山真男さんは近代主義の立場よりして日本共産党には一時、批判的な立場を取っていたものでした。1960年代の頃です。あまり言及はなかったようです。
 90年代に入って、丸山氏の議論が一部の知識人によって引用されたことを契機として、日本共産党は反丸山史学キャンペーンを行います。数年、続いたのではないでしょうか?党内の引き締めを図ったということでしょうが、私にとっては唐突な論議でした。「何を今更?」と思ったことを覚えております。やはり「蛸壺」という概念に問題があったのでしょうか?出来れば、この辺の深堀を文藝春秋社のお願いしたいのです。よろしくお願いします。
 いずれにしろ、今後のこのコラムの課題は「日本でいちばん大切にしたい会社」とはどのような会社なのか?どんなコンサル活動を行えば、そんな会社に成長させることが出来るのか?にあります。
 寄り道をしながらですが、真摯に学び、精進を行う予定です。よろしくお願いします。