私たちはよく、「なんとなく元気が出ない」「心が疲れた」といった言葉を口にする。その「心」とは一体どのようなものだろうか? 日本語では全体的に曖昧な「心」を示す。「こころ」という語幹には「ころころと丸く、動きやすいもの」というイメージが含まれる。一方、英語には mind・heart・spirit という3つの言葉があり、人の内面を立体的に捉えている。今回は、この三分法を紹介させて頂きたい。
<マインドは 計画立てて 段取りを>
Mind は「考える心」だ。情報を整理して判断し、計画を立てる働きである。仕事で段取りを考えたり、スマートフォンで次々と流れてくる情報を処理したりするのは、すべて mind
の役割だ。子供の頃から偏差値教育を受けるとmindだけを高め、偏った現代社会はこの mind を酷使する構造になっている。常に考え、選び、決断することを求められ、気づかぬうちに「頭が休まらない」状態に陥りやすい。
<ハートにて 愛や音楽 感じられ> 
Heart は「感じる心」である。喜びや悲しみ、安心、不安、愛情、共感といった感情は、すべて heart から生まれる。誰かの言葉に救われたり、音楽に胸を打たれたり、風景を見て懐かしさがこみ上げたりするのは、heart
が反応している証拠だ。ところが、多忙のあまり感情を後回しにすると、「何を感じているのかわからない」という状態になってしまう。これは heart
が置き去りにされているサインでもある。
<スピリット 生存理由 考えて>
Spirit は「生きる力」や「意味を感じる心」と言える。なぜ自分は生きているのか、何を大切にしたいのか、誰とつながっていたいのか。Spiritはこうした問いに関わり、目に見えず数値化できない。心が折れず生きていくための土台となる。Spirit
が弱ると、人は理由不明の虚しさや空白感に包まれてしまう。
<現代を 生きる日々の ヒントなり>
以上を合わせて考えてみたい。私たちが「疲れた」と感じるとき、その原因が必ずしも身体だけにあるわけではない。考えすぎて mind が疲れているのか、感情を押し殺して
heart が疲れているのか、それとも生きる意味を見失い spirit が揺らいでいるのか。あなたの場合はいずれだろうか。たとえば、頭の中が常にざわついて眠れないときは、mind
が休息を求めている。楽しいはずのことが楽しめないときは、heart が乾いている可能性がある。逆に、休んでも回復しない疲れは、spirit からのサインかもしれない。
現代人の多くは、知らず知らずのうちに mind 偏重の生き方をしている。だからこそ、ときどき立ち止まり、自分に問いかけてみたい。「今、疲れているのは、どの心だろうか」と。その問いに気づくこと自体が、三つの心を取り戻す第一歩になる。

大切なのは、三つの心を「バランスよく使う」ことだ。考えることも、感じることも、意味を見つめることも、どれか一つだけでは人は健やかに生きられない。音楽に身を委ねたり、自然の中でぼんやりしたり、誰かと率直に気持ちを語ったりする時間は、mind
を休め、heart を潤し、spirit を整えてくれる。人間とは考える心、感じる心、生きる意味を支える心を持つ存在といえよう。この三つを調和させ、私たちは静かな充実感と共に、自分らしく生きていきたいものである。
(板東浩、医学博士、糖尿病専門医)
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