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中央テレビ編集 


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Dr.板東のメディカルリサーチ No.219
<教養に 含む文学 音楽も>

 今年は「源氏物語」が話題である。今から1000年も前に、あのような大作が執筆されたとは、世界的にも驚嘆すべきことだ。平安時代には「源氏物語」の紫式部と「枕草子」の清少納言がよく知られ、しばしば比較されてきた。今回は、このような話題に触れてみよう。

<平安の宮廷 教養係あり>
 紫式部は藤原道長の娘・彰子(しょうし)に仕え、やや控えめな性格であったらしい。一方、清少納言は藤原道隆の娘・定子(ていし)に仕え、漢文の知識など自慢する言動があったいう。ライバル同士だったとされるが、史実を調べると微妙な点も。ただ、両者ともに才能、才覚、マナーに優れ、教養豊かで、お仕えする主に講義をしていたのは間違いない。
 清少納言が仕える中宮定子のお陰で、秘めたる才能が花開いたようだ。有名な逸話「香炉峰の雪」がある。「香炉峰の雪いかならむ」と問われ、清少納言は黙って御簾を掲げて雪景色を見せたという。白居易(はくきょい)の漢詩に「遺愛寺の鐘は枕を欹(そばだ)てて聞く、香炉峰の雪は簾(すだれ)を撥(まきあ)げて看る」という一節に基づく。なお、左図は徳島市立徳島城博物館の特別展から、愛媛県美術館寄託、住吉広賢による画を示す。
 実は、当時宮廷で使える女房には高い教養が備わっていた。つまり、和歌や習字、裁縫、楽器が堪能であること。「遊び」とは雅楽の演奏を指し、女性には琴(きん)、和琴(わごん)、箏(そう)、琵琶などの絃楽器が必須とされた。

<教養や感性 磨きあうサロン>
 平安時代の音楽に続いて、西洋音楽のエピソードを紹介したい。私が尊敬するショパンは子供の頃から音楽に加え演劇や文筆などあらゆる分野で一流だった。その後、トップクラスの芸術家や小説家が集うサロンで感性を磨くことに。その際、女流小説家ジョルジョ・サンドと出会う。女性が仕事をするなど難しい時代に、男装で街を闊歩して社交界で活躍。男性の筆名(George)で「愛の妖精」など約100点の小説を残し、後年には病弱な天才ショパンを支えた。右図は、ショパンを弟のように可愛がっていた友人ドラクロアが描いた2人の様子を示す。
 彼女は類まれな感性や能力、教養を有し、時代を先駆けた活動を行った。また、恋人や母親、看護の3つの役割を自覚し、ショパンを長年支えた功績は高く評価されるべきであろう。

<教育の基盤 読み書き そろばんと>
 一方、教育の基盤とは何だろうか。江戸時代の寺子屋で培われた「読み書きそろばん」につながる。当時のレベルは国際的にみても相当高い。現代社会では、この3者にコンピュータ操作やプレゼンの2者が加わるかもしれない。遠い将来は、ChatGPTなどの出現によって、どんな因子が必要か予想できない。しかしながら、人に備わる教養や芸術、文化の資質や人柄は、人間の基盤に必須であろう。
(板東浩、医学博士、ピアニスト、https://www.pianomed.org/
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