◆はじめに
私は小松島中学3年生の頃からメガネをかけ出した。裸電球の下での夜間補習授業のせいなのか、大好きだった映画を見過ぎたからなのか、よく分からない。今ではメガネをかけたまま洗顔するほど体の一部になっている。そのメガネのフレーム生産量で全国の9割を占める鯖江市はずーっと気になる存在であった。
◆歴代市長との交流
約7万人規模の鯖江市は、競輪事業を通じて親交のあった県都福井市(当時は酒井市長)と工場群の集まる越前市の中間に位置する言わばベッドタウンであった。平成10年まで在職した西澤省三元市長時代に一度訪問し全国に、また世界に進出する眼鏡フレーム製造現場を拝見した。雪深い鯖江に住む人々が生き残りをかけてつくった産業というストーリー性、新たな技術や製品開発による本物感を追求する姿勢に深い感銘を受けた記憶がある。 次の辻嘉右エ門元市長とは、当時全国を席巻していた平成大合併について大いに議論し合った。福井市他3町村との合併協議に取り組んでいた彼は、希望と現実の間で大いに奮闘していた。その努力は結実せず、経緯をめぐり市長解職の是非を問う住民投票の結果、賛成票が過半数を占めリコールが成立、失職している。当時、小松島市他4町及び小松島市他2町の合併協議(いづれも破談)を抱えていた私には、その頃の真剣な意見交換を生々しく思い出す。
現在の牧野百男市長は県庁職員、県議を経て市長就任、4期目を務めている。牧野市長とは直接面識はないものの、同姓の西川福井県知事から伺った話や全国市長会の資料、鯖江に寄せる私の思い入れから以下述べてみたい。
◆地場産業の育成
早大マニフェスト研究所の仲間として研鑽した西川知事の先進的な県政推進とリンクし、牧野市長は地場産業の育成、高度化に熱心である。その代表格が眼鏡フレーム、越前漆器であろう。加えて、インターネットで不特定多数から小口資金を集めるクラウドファンディング、女子高生がまちづくりに参加する「JK課」などユニークな取り組みを展開する。
世界最高峰といわれる眼鏡フレームの技術革新に力を入れる企業が、さらに専業的な分業体制とオープンな中で技術を磨いていくために、強い人間関係のある鯖江の特色を生かした支援を惜しまない。企業誘致も一貫生産ももちろん必要であるが、それに関連する眼鏡の下請け体制を生かす「母船」となる企業を育てたいという狙いもあるようだ。
もうひとつの地場産業である漆器産業では、2004年の福井豪雨時にボランティアの京都精華大学学生が漆器産地に興味を持って移住、呼応して他の大学生も動きを見せはじめる。また慶応大学大学院メディアデザイン研究科が伝統工芸とITによる漆器産業の活性化を研究すべく、2016年に鯖江に拠点を構えて若者世代向きの新デザインや新製品開発に取り組んでいるという。
◆若者との連携
学生団体が主催する「地域活性化プランコンテスト」が9年前から始まった。若い人たちの出番と居場所を行政がしっかりサポートするという発想である。また、女子高生のまちづくりグループ「鯖江市役所JK課」も3年前に発足、自分たちで企画し、実施する。例えば彼女たちが企画したゴミ拾いイベントに県行政が加わる、JK課提案の「全国高校生まちづくりサミット」に「豊橋市役所JK広報室」など他団体の参加・連携を得て横の展開が実現したなどの実績がある。
◆鯖江流クラウドファンディング
鯖江市も他自治体同様に、市の歳入確保と市民活動の資金調達のために、小口資金を集めるクラウドファンディングを始めている。集まった資金を鯖江のシンボル「眼鏡看板」の改修、動物園等諸施設の魅力向上、ものづくり事業者のデザインや技術開発の支援などに役立てている。加えて注目すべき点は、このサイトと連携させて現在新たな話題となっているふるさと納税の寄付の使い道を選んでもらう試みを始めている。ふるさと応援につながる支援を、クラウドファンディングのサイトと連携させて使い道の希望を明確化するやり方、言わば鯖江流の取り組みである。ふるさと納税にひとひねり工夫をこらした面白い試みだと思われる。
◆人口減少時代の幸福度
日本総会研究所による都道府県別幸福ランキングでは福井県が一位、県知事の顔が目に浮かぶ思いである。その県内で2015年国勢調査によると唯一鯖江市が、周辺自治体からの社会増の実績を上げている。若い子育て世代の流入とみられるが、牧野市長は「近隣自治体間の人口の奪い合いでは意味はなく、首都圏など都市部から若者を中心に流入があるように、魅力ある雇用の場づくりが重要だ」と主張する。人口減は全国共通の最大の課題、そうした中で暮らしやすさ、幸福度を高める施策とPRによって競い合う時代、いま若干の人口増があっても先々の人口減が予想される。となれば、都市部に住む人々が自らの価値観に基づいて、行政サービス・働く場・子育て・生活環境など魅力ある地域社会を形成しなければならない。そのためには、大人と社会の常識を破り、独自の発想で新しいまちづくり、人づくりを創造し、都市部に住む若者や社会人に地方での暮らしを考えるきっかけを提供しなければならない。
さらに牧野市長は「民主主義の原点は直接民主主義だ」として、市民が参加しやすいまちづくりを目指す。市民が主役となる居場所と出番づくりを目的に、市民提案による「市民主役条例」をつくっている。800前後ある市の事務のうち市民が参加・実行しても問題がない、むしろ効果があがる事務・事業があるとして、年々事業数を増やし行革にもつながっているという。「住民はお客様」の行政対応プラス、行政の舞台に自由に参加できる「ゆるい公共」が市民サイドからも求められていると言えそうである。
鯖江で制作されたメガネ越しに人口減に歯止めをかけるわが国や地方の街まちの将来が見えてくるようであり、諸施策の試みが成果をあげるよう切に願うものである。
(西川政善、徳島文理大学総合政策学部(兼総合政策学研究科)教授)
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