「目は口ほどに物を言う」ということわざがあるように、私たちは他者の眼差しから言葉と同じくらい、あるいはそれ以上に多くの感情や意図を読み取ろうとします。
当館のコレクションは「人間像」を収集方針の柱の一つとしており、人物の目が印象的に表された作品を数多く所蔵しています。本展では、「目」の表現に注目し、作品における「目」が鑑賞者にどのように働きかけているのかを探ります。
また、昨年度新たに収集した谷原菜摘子の〈方舟はもう現れない〉を初公開いたしますので、ぜひご注目ください。

谷原菜摘子〈方舟はもう現れない〉2025年
■第1章「日本画のこころ」
本章では、日本画に独特な目の描写に注目します。目の表現には、描かれた人物の気品や情緒などが反映されていると言えます。
村上華岳、中村大三郎、梶原緋佐子は、舞妓の姿を描いています。同じ舞妓の姿でも、目の描かれ方は全く異なり、妖艶さや優美さ、無邪気さなど様々な内面を多彩に描き出しています。
■第2章「いろいろな目」
本章では、目をはじめとした造形表現に特徴のある作品をご紹介します。
細川宗英による、義眼を用いた鎌倉時代の宗教家の頭像や、パブロ・ピカソによる、キュビスムの手法を用いた恋人の肖像画などを展示します。同じ目の表現でも、多種多様な造形的アプローチを見出すことができます。
■第3章「まなざしのゆくえ」
本章では、作品の登場人物たちのまなざしに注目し、その訴えや問いかけに迫っていきます。
昨年度新たに当館のコレクションに加わった、谷原菜摘子の〈方舟はもう現れない〉では、複数のリカちゃん人形とともに、谷原自身が広い海の中を漂っています。その力強いまなざしからは、救いとなる方舟が現れなくとも、自分自身に従って生き抜いていく意志と覚悟が感じられます。
その他、シンディ・シャーマンによる、社会が要求する女性像に揺さぶりをかける写真や、浜田知明による、自己や他者の正体不明さをユーモアとともに突きつける彫刻を展示します。
■第4章「目はないけれど」
本展の最後に、目が明確に表現されていない人間像作品をご紹介します。目が表されていない、または抽象化されている作品において、想像される視線や、目が無いことの意味や効果について考えを巡らせます。
トム・ウェッセルマンによる、目を省略して消費社会の匿名化された女性像を表した作品や、鈴木治による、抽象的な形態の中にモデルの風貌を具体的に表した彫刻を展示します。
目はあってもなくても、口ほどに物を言う。――私たち人間にとって、「目」は単なる視覚情報の受容器官としてだけでなく、意志の伝達器官として大いに働きかけていることが分かります。美術作品の制作においても、鑑賞においても、「目」は重要なモティーフだと言えるでしょう。
(徳島県立近代美術館 主任学芸員 浅田 真珠)
徳島県立近代美術館 4月の催し物
■特別展「生誕100年 吹田文明の人生でたどる版画100年のドラマ」
4月25日(土)~6月28日(日)
■所蔵作品展2026年度Ⅰ「目は口ほどに」
4月11日(土)~7月5日(日)
関連イベント
・おやこ鑑賞ツアー
とき:4月29日(水・祝) 11時~11時30分
ところ:展示室1、2
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