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中央テレビ編集 


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美術館からのエッセイ
特別展「大久保英治:辺境の作家 1973-2024」
 文化の森の近代美術館の夏は、現代のアートを取り上げます。
 キャンバスのかわりに大地や自然を、絵の具のかわりに自然物などを使う美術をランド・アートといいます。大久保英治(1944年-)は日本を代表するランド・アーティストです。自然や歩くことを重要な要素とする特徴的な制作活動を展開しています。
 四国八十八カ所を歩くアート・プロジェクト(1998-99年)や、日本と韓国を舞台としたユーラシア・アートプロジェクト(1999-2001年)などが有名です。
 しかし大久保の活動はそこにはとどまりません。本展では50年に渡るその足跡を、ドローイング、絵画、オブジェ、コラージュ、版画など170点以上の作品でたどり、「時間」「自然」「歴史」「場所」などの観点から制作の本質に迫ります。


〈支〉 2023年 作家蔵 (高取町、市尾墓山古墳にて)*写真パネルのみの出品。


 「美術を追究するためには歴史、文化を学ばなければならない。」
 美術を志した早い時期から、大久保はこの思いを持って制作に取り組んできました。〈玄室(玄の時)〉は、古墳の石室内部の、時間や空間が不確かで奥深い空気感を表しています。〈玄の記号〉は古代の洞窟の原初的な記号をヒントにした作品です。


〈玄室(玄の時)2023.5〉2023年 作家蔵



〈玄の記号〉2023-24年 作家蔵


 大久保は2022年から奈良の明日香村に隣接する高取町にアトリエを構えています。この地には土佐、薩摩、吉備などの地名が残っており、それは政治文化の中心「飛鳥」を支えるために各地から集められた人々が住み着いた名残です。高取は中心地・飛鳥の周縁なのです。大久保はこのような周縁を「辺境」という考え方でとらえています。


〈辺境人〉2022年 作家蔵


 さて、次は初期から現在までを、時代順にたどりましょう。日本体育大学を出た大久保は、養護学校で教えながら独学で美術家を志します。「点、線、面」という根源的な問題を追求して試行錯誤を続けました。独自の転写手法による「トランスクリプション」シリーズは評価され、イギリスのヴィクトリア&アルバート美術館に収蔵されました。


〈Drawing and Transcription 8216〉 1982年 作家蔵


 1981年に教師を辞めて美術家に専念した大久保は、海岸を歩き、流木や葉、羽、石などを使う制作へと傾いていきます。〈影シリーズ〉は、自然にできた影で時間を見せる作品です。ランド・アート作品にもまた、点、線、面、垂直、水平、時間といった、初期に共通する問題意識が見られます。


影シリーズ〈菜の花と影I〉1988年 徳島県立近代美術館蔵


 作品はストイックな印象の大久保ですが、意外にもその素顔は、子どものように思いつくまま自由に制作する一面を持ちます。それは描きたいからずっと描いてきた大量のドローイング類に表れています。そこには常に新しみを求める再創造の思いがあります。


〈Umtitled〉1982年 作家蔵


 2011年頃から、大久保は日常の散歩で拾ったもので、毎日のようにコラージュを制作しており、その数は一年で500枚を超えます。日々の営みから生まれた1点1点のコラージュは,大久保英治の自画像を構成する1つ1つの細胞なのかもしれません。


〈日常の歩行〉より 2023年 作家蔵


 概念的にしか存在しない点や線。眼には見えない時間、歴史、文化、記憶、そして風や音。この「見えないもの、語りえないもの」に挑むロマンが、50年にわたる大久保英治の制作を貫いています。徳島ではなかなか見る機会の少ないアートです。この機会に是非お越し下さい。

(徳島県立近代美術館 上席学芸員 友井 伸一)


特別展「大久保英治:辺境の作家 1973-2024」
Marginal Artist : EIJI OKUBO 1973-2024
2024年7月13日[土]-9月23日[月・振休]

会場:徳島県立近代美術館
観覧料:一般 800円[640円]/高・大生600円[480円]/小・中生400円[320円]
[ ]内は 20 名以上の団体料金。

☆徳島県立近代美術館 2024年7月の催し案内

[展覧会]
○ 所蔵作品展 2024年度 I「新収蔵作品を中心に」
開催中~2024年7月21日(日)まで 近代美術館 展示室1、2 *観覧料が必要です。

○ 所蔵作品展 2024年度 II「時をめぐる表現」
2024年7月27日(土)~ 近代美術館 展示室1、2 *観覧料が必要です。

[イベント]
○こども鑑賞クラブ「ニューフェイス」
7月6日(土) 14時-14時45分
講師:近代美術館スタッフ
対象:小学生 美術館ロビーに集合 定員:30名程度 電話で申込(当日参加可) 無料(保護者は要観覧券)

特別展「大久保英治」に関する催し
○学芸員の見どころ解説
7月21日(日)14時-15時
講師:担当学芸員
展示室3 対象:一般 申込不要 要観覧券

○ギャラリートーク「大久保英治 自作を語る」
7月13日(土) 13時30分-15時
講師:大久保英治、聞き手:友井伸一(当館学芸員)
展示室3 対象:一般 申込不要 要観覧券

所蔵作品展に関する催し
○展示解説「時をめぐる表現」
7月27日(土) 14時-14時45分
講師:担当学芸員
対象:一般 申込不要 要観覧券

※美術館ホームページもご参照ください。
https://art.bunmori.tokushima.jp/