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中央テレビ編集 


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美術館からのエッセイ
所蔵作品展 2023年度Ⅲ「物語をさがしに」
 物語をテーマにした美術というと、どのような作品が浮かぶでしょうか。古今東西の神話、キリスト教や仏教などの宗教、歴史に残る事件やあるいは文学作品そして伝承など、美術において「物語」という言葉が指す範囲はとても広いものです。そして、それらは今日まで、作家たちの創作の源として機能し続けてきました。今回の所蔵作品展で紹介する作品の中に、さまざまな物語を発見してみましょう。
 まず、長い歴史の中で語り継がれてきた物語をテーマにした作品を見ていきましょう。  
 ジョルジュ・ルオー(1871-1958)は、生涯を通してキリスト教主題の作品を描き続けました。ボードレールの詩集に触発されて制作した版画集〈『悪の華』のために版刻された14図〉におけるキリストの姿は、人間の愚かさや醜さを引き受けようとしているかのような慈悲深い表情を見せます。

 
ジョルジュ・ルオー〈版画集『悪の華』のために版刻された14図 3.キリスト〉 1927年
(展示期間12月2日-2月4日)

 一方、現代作家である唐仁原希(1984-)は、有名なナポレオンの肖像を下敷きにして 〈a portrait of a boy〉を描いています。しかし、ここでの作品の主人公は大きな瞳の男の子となり、作品の舞台も薄暗く豪華な室内に変化しています。彼が乗っているのはおもちゃの馬で、かたわらにはマンガ本まで登場します。ここにおいて「物語」は、美術作品の根底に横たわる絶対的な存在ではなく、見る人が心の中で自由に創造できるものに変化しています。

 
唐仁原希〈a portrait of a boy〉2013年

 視点を変えて、当時の社会的事件や問題を作家の視点で切り取った作品を見てみましょう。それらの作品は、やがてその事件が歴史の一部になるとともに、歴史という物語を記録したものとなり、後世を生きる人たちにさまざまな示唆を与えることでしょう。
 中村宏(1932-)が描いた〈戦争期〉は、太平洋戦争の末期、1945年の硫黄島での戦いを主題としています。画面には、身をよじる兵士の姿、鈍く光る銃や砲台、激しい戦闘で地形が変わってしまったと言われる擂鉢山などのモチーフが重なり合うように描かれており、背景には暗闇が広がります。戦時中に少年時代を過ごした中村は、1950年代に綿密な取材によって社会的事件を描きますが、本作もその手法によるものです。日本とアメリカの両軍に多大な犠牲を出したといわれる戦闘を記録したこの絵画は、世界中で争いが繰り返されている現代において、私たちに強いメッセージを発しています。

 
中村宏〈戦争期〉1958年

 古くから親しまれてきた物語から、やがて物語になるものまで、さまざまな物語を作品の中に見つけてみてください。そして作品を見たあなたの心の中に物語が生まれる面白さも、ぜひ体験してくださいね。

(徳島県立近代美術館 主任学芸員 宮﨑 晴子)


徳島県立近代美術館12月の催し物

■展覧会情報
所蔵作品展2023年度Ⅲ「物語をさがしに」12月2日[日]-2024年4月7日[日]
【関連イベント】
・学芸員による展示解説 12月3日[日] 14時-14時45分
・こども鑑賞クラブ「こども鑑賞物語」12月23日[土] 、「お絵かきすきすぎ」3月9日[土]  
 いずれも14時-14時45分