一方、現代作家である唐仁原希(1984-)は、有名なナポレオンの肖像を下敷きにして 〈a portrait of a boy〉を描いています。しかし、ここでの作品の主人公は大きな瞳の男の子となり、作品の舞台も薄暗く豪華な室内に変化しています。彼が乗っているのはおもちゃの馬で、かたわらにはマンガ本まで登場します。ここにおいて「物語」は、美術作品の根底に横たわる絶対的な存在ではなく、見る人が心の中で自由に創造できるものに変化しています。
唐仁原希〈a portrait of a boy〉2013年 視点を変えて、当時の社会的事件や問題を作家の視点で切り取った作品を見てみましょう。それらの作品は、やがてその事件が歴史の一部になるとともに、歴史という物語を記録したものとなり、後世を生きる人たちにさまざまな示唆を与えることでしょう。
中村宏(1932-)が描いた〈戦争期〉は、太平洋戦争の末期、1945年の硫黄島での戦いを主題としています。画面には、身をよじる兵士の姿、鈍く光る銃や砲台、激しい戦闘で地形が変わってしまったと言われる擂鉢山などのモチーフが重なり合うように描かれており、背景には暗闇が広がります。戦時中に少年時代を過ごした中村は、1950年代に綿密な取材によって社会的事件を描きますが、本作もその手法によるものです。日本とアメリカの両軍に多大な犠牲を出したといわれる戦闘を記録したこの絵画は、世界中で争いが繰り返されている現代において、私たちに強いメッセージを発しています。