中央テレビ編集 << 先月のコラムへ トップへ >> 次月のコラムへ 美術館からのエッセイ 徳島県立近代美術館の調査研究活動(承前) ■調査研究活動とは 先月のこのコーナーで、森学芸員が本県出身の水彩画家三宅克己を例に、美術館の調査研究活動を御紹介しました。森が書きましたとおり、美術館における調査研究活動とは全ての美術館活動を根幹で支えるものです。 たとえば展覧会を開こうとすると、展覧会に取り上げる作家が生涯にどのような作品を作り、それらが当時どのような評価を得たのかを押さえておく必要があります。そしてあまたの作品の中から展覧会に出品する作品を選ぶためには、その作品が作家の画業の上でどのような意義を持つのか、そもそも本物かどうかという点を確認しておく必要があります。これら全てが調査研究活動です。展覧会を1本開くためには、やらなくてはいけない調査研究活動が山ほどあるのです。 今回もあと少し、調査研究活動についてお話しをします。 ■久米福衛、團藍舟 では、調査研究活動を行う際、どのようなものが手がかりになるのでしょうか。作家の著作や当時の新聞、雑誌の記事、関係者の証言などさまざまなものが考えられます。その中で思いがけず役に立つのが、作家自身が書き残した日記やメモ、知人や関係者とやり取りした書簡などです。そのため開館当初の美術館では、作家の遺品を見るため、作家の遺族探しに明け暮れたことがありました。電話帳を頼りに、作家と同じ名字のお宅に電話をかけ続けたのです。 ときには笑い話のような出来事もありました。久米福衛(1882-1951 年)という明治から昭和にかけて活動した阿南市椿泊出身の洋画家を探していたときのことです。徳島県内の全ての久米さん宅にかけても見つからず、次に東京23 区の久米さん宅にかけました。何十件目だったか、一軒のお宅で、久米が明治時代に東京美術学校を卒業し、母校の先生をしていた時期もあったと説明すると、「それは私の祖父です」「JR 目黒駅の駅前に美術館があるから見にいらっしゃい」というのです。 久米は戦後美術界から完全に忘れ去られた作家で、美術館があるという話は聞いたことがありません。よくよくお話を聞くと、久米桂一郎という別の作家でした。黒田清輝とともに明治時代の洋画界に外光表現をもたらした洋画家で、日本近代美術の偉人とされる一人です。 あるいは團藍舟(1872-1935 年)という、明治から昭和初頭に活躍した日本画家を探していたときのこと。やはり徳島県内をかけ終わり、東京23 区の團さん宅にかけ続けていると、一軒のお家で電話に出てくれた男性が、「私も作家ですが、書いているのは小説で、絵ではありません」というのです。官能小説の巨匠として一世を風靡した団鬼六氏でした。 久米福衛の遺品は、大戦中の空襲でアトリエが焼失し、御遺族も戦後転居されたので、調査研究活動に役立ちそうなものは何一つ残っていませんでした。しかし、團藍舟の遺品は、御遺族との最初の接触から10年以上が経って、紆余曲折があって作品とともに一括して御寄贈いただきました。御遺族宅を訪ねると、押し入れの上下の段をぎっしりと埋め尽くしていました。歴史の彼方に埋もれ、これまで不明な部分が多かった團の画業を明らかにする資料群であり、おびただしい数の画稿や下絵類からは、制作中の團の息づかいが伝わってくるかのようでした。 現在、本館には総計で14,000 点余りのコレクションがあります。しかし、絵画や彫刻、版画といった美術品らしい美術品はその約半数で、それ以外はほぼ全てが作家の遺品類です。もちろん作家の遺品であれば何でもいいというわけではなく、徳島ゆかりの、それも日本の近代美術史に重要な足跡を残した作家の遺品で、調査研究活動に役立ちそうなものに厳選しています。美術館のコレクションとは、作品だけでなく、作品の完成に至るまでの制作の経緯や作家の思索、美術界における作家の人間関係など、作品の背景にあるものをそっくりそのまま保存しているのです。 ■山下菊二 最後に山下菊二(1919-1986 年)の遺品について御紹介します。本館が収蔵している作家の遺品の中で最も規模が大きく、約3,300点にのぼります。ご存じのとおり山下は、戦争や部落差別など、人権に関わる問題を作品を通じて社会に訴えかけることを生涯の制作テーマとしました。美術界の権威とは無縁な場所で活動を続けましたが、現在では日本の戦後美術を代表する作家の一人と目されています。 山下の場合は、山下が現代の美術界で知られた存在であり、美術館が開館する直前まで作家活動を続けていたので、遺族探しに困るということはありませんでした。しかし最初に夫人と接触したのが1989 年、遺品類の第一陣を美術館に運び込んだのは2005 年、その間に15 年の開きがあります。第一陣の遺品群のあとも何回かに分けて遺品類を運び出し、 最終的には日常の生活用品を除き、山下の制作を考える上で有意義な遺品類の一切合切を美術館にいただきました。搬出の作業は、ご近所から「お引越しですか」と声がかかるほど大がかりなものでした。 1989年に初めて夫人を訪ねたあと、学芸員は繰り返しお宅に足を運び、日本の戦後美術に山下菊二をどう位置づけるか、将来遺品類をどう保存し、活用していくつもりかといったことをお話しました。その間には、本館で山下の展覧会を開催し、学芸員たちは山下に関する論考を何本か発表しました。手前味噌になりますが、最終的に全ての遺品類を御寄贈くださったのは、このような本館の活動を信頼してくださってのことでした。 御寄贈いただいた遺品類は、一応の整理を終えたあと、現在も精査が続いています。その中には、たとえばベトナム戦争や水俣病、1971 年に北朝鮮のスパイの嫌疑をかけられて韓国で逮捕投獄された在日韓国人二世徐兄弟の問題など、当時の社会を騒がせたさまざまな事件に関するスクラップブックやノート、メモなどが含まれています。いずれも山下が作品を作り上げるまでの思索や制作の過程を裏付ける第一級の資料群です。 収蔵後、これら山下の遺品類について、国内外の美術館や研究者からの問い合わせが続いています。山下について知りたいと思ったら、本館が一番信頼できる施設なのです。本館の調査研究活動を支える資料群であり、同時に美術界に本館の存在感を示すコレクションです。 (徳島県立近代美術館 主席 江川 佳秀) 徳島県立近代美術館11月の催し物 ■文化の森秋祭り 11 月3 日(金・祝) 9:30 ~ 16:00 *当日は所蔵作品展無料 ■展覧会 〇特別展「ディーン・ボーエン展オーストラリアの大地と空とそこに生きる私たち」 開催中~ 12 月10 日(日) *詳しくは、HP をご覧ください。https://art.bunmori.tokushima.jp/bowen 【関連イベント】 ・こども鑑賞クラブ「コアラのまち」 11 月18 日(土) 14:00 ~ 14:45 *対象は小学生(保護者同伴可)、無料(保護者は要観覧券) 30 人程度(電話申込、当日参加可) ・手話通訳付き展示解説 11 月19 日(日) 10:00 ~ 11:30 *申込不要、要観覧券 ・見どころ解説 11 月19 日(日) 14:00 ~ 15:00 ・スペシャル・ワークショップ「集めてつくろう~ディーン・ボーエンと一緒に~」 11 月25 日(土) 10:00 ~ 15:00 講師:ディーン・ボーエン氏 *定員15 名程度、要電話申込(先着順)、要観覧券(高校生以下無料) 〇所蔵作品展「2023 年度Ⅱ 祈りと幻想」 開催中~ 11 月26 日(日) ※詳しくは、HP をご覧ください。https://art.bunmori.tokushima.jp 【関連イベント】 ・展覧会ミニツアー 11 月3 日(金・祝) 11:00 ~ 11:20 / 14:40 ~ 15:00 *申込不要、祝日につき無料 ・学芸員によるスライド・トーク 11 月12 日(日) 14:00 ~ 15:00 *申込不要、無料