近代美術館で開催中の所蔵作品展Ⅱ「祈りと幻想」では、仏教やキリスト教、あるいは特定の宗旨を持たず、その地域において独自に展開した土着の信仰にまつわる作品を紹介しています。今回は、元々その土地に息づく在来の信仰と、外来の宗教が習合しながら独自に展開した「祈りの形」をテーマにした作家の作品に着目します。
利根山光人の〈失題〉を見てみましょう。馬に乗り、宙を舞うように軽やかに駆け抜けていく骸骨の姿の人物が大きく描かれています。この作品は、中世末期のヨーロッパを襲ったペスト(黒死病)で万単位とも言われる人々が亡くなり、巷間に広まった”死を想え”-ラテン語に言うメメントモリ-の図像表現の一つである「死の勝利」の場面を連想させます。骸骨が手に持つ長槍は、人々を死に至らしめたペストの猛威を暗示しています。

利根山光人〈失題〉 1991年 徳島県立近代美術館蔵
利根山は、ハーフ・メキシカンと呼ばれるほどメキシコにのめり込み、太陽の画家と称されました。メキシコには毎年11月頃、骸骨の仮装をして宴を催す「死者の日」という風習があります。死者の魂が現世に戻ってきている間に、彼らを陽気にもてなすことが最上の供養と考えられているのです。メメントモリの思想をよく体現した行事と言えます。
利根山はこうしたメキシコの死生観、またそれを形成した風土に強く魅せられていました。この作品は「死の図像」の伝統を踏まえていますが、背景に描かれた半球型の建物や摩天楼が、異国情緒を醸し出しています。馬上の人は、形式にとらわれることなく創作に向かった画家の自画像であるのかもしれません。
一方、徳島出身で、戦争や差別をテーマに深刻ながらも時にユーモラスな作品を世に送り出した作家、山下菊二は、1960年代前後を通じて、故郷・徳島の風物や伝承など極めて個人的な記憶にまつわる作品を制作しています。
山下は幼い頃、怪異な伝承がまとわりついた川向こうの淵や竹藪に覆われた谷など、不思議な幻想を呼び起こす場所に好んで足を運んでいたようです。
〈死んだ人がわたしを産んでくれた(昭和40年7月27日母死す)〉は、山下が自身の母親の一周忌に際し、追善供養を主題に描いた作品です。沼地の中央に座り込む人物が母親で、その周りを取り囲む鳥、魚のような異形の者達は、先に亡くなった父親や兄弟です。この頃、山下に美術の道を指南し、自身も版画家として活動した次兄の谷口董美を亡くしたことも、改めて自らの出自と向き合う契機となったのかもしれません。仏教と日本土着の信仰が混淆した画風を展開した、1960年代の山下の創作を代表する一点です。

山下菊二〈死んだ人がわたしを産んでくれた(昭和40年7月27日母死す)〉
1966年 徳島県立近代美術館蔵
この他、祈るという普遍的な行為、人間存在のあり方を見つめた作家たちの多様な表現を、展覧会会場でぜひご覧ください。
(徳島県立近代美術館 主任 三宅 翔士)
徳島県立近代美術館8月の催し物
〔展覧会〕
♦特別展「イロのひみつ-なにいろに見る?」 2023年9月3日まで
♦所蔵作品展2023年度Ⅱ「祈りと幻想」 2023年11月26日(日)まで
[特別展「イロのひみつ-なにいろに見る?」関連イベント]
♦こども鑑賞クラブ「心はなにいろ」 8月5日(土) 14時-14時45分 要申込
♦物語ワークショップ「その色の名を」 8月6日(日) 14時-16時 要申込
♦展覧会ツアー 8月13日(日) 14時-15時
♦あの手この手で交流トーク 8月20日(日) 14時-16時30分 要申込
♦おしゃべり鑑賞アワー「色の名前を忘れてアートに出会う」 8月27日(日) 14時-16時 要申込
[所蔵作品展2023年度Ⅱ「祈りと幻想」関連イベント]
♦展覧会ミニツアー 8月11日(金・祝)11時-11時20分、14時40分-15時 |
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