■はじめに
美術館の調査研究活動についてお話ししようとすると、時々、ハテナの表情でちょっと考え込まれる方がいます。美術館は、「展覧会などの催しをするところ」というイメージがあるからなのでしょうか。ですが、展覧会を開くにしても、何かの講座を行うにしても、作家や作品などについて調べなければ何もはじまりません。調査研究は、それ自体あまり目立つことはありませんが、美術館の仕事の基礎となるとても大事な仕事なのです。
ここでは、三宅克己(1874 -1954)の調査研究に関わることを、いくらか振り返りつつご紹介したいと思います。

伊太利(イタリア)ヴェロナの古橋 ハンプステッド・ヒース(ロンドン)
1920年頃 当館蔵 1930年 当館蔵
■展覧会を通じて
三宅克己は、1874 年(明治7)の生まれ。生家は、現在の徳島市下助任町、徳島城の少し北にありました。6歳のときに家族で上京。洋画を学び、1900年代はじめ頃の水彩画隆盛期に、代表的な画家として活躍しました。国内だけでなく度々海外にでかけ、風景画を描き続けた人でした。
華やかに活動した時期があり、日本近代美術史に名を刻みながらも、美術の動向は移り変わっていき、没後はだんだんと忘れられようとしていました。徳島県立近代美術館が開館した1990年は、そのような時期でした。
いま当館には、彼の画業の流れをたどることのできるコレクションがありますが、はじめは、作品収集も調査もゼロからのスタートでした。代表作といわれる何点かが、国立の美術館などに収蔵されていたものの、どのように画業が展開したのか、ほとんど分かっていない状態でした。検討できる作例が限られていたからです。
調査研究が進んでいないのであれば、画家の出身地の美術館が役割をはたさなければなりません。当館では、開館の翌年1991年に「みづゑのあけぼの-三宅克己を中心にして」を、2014年に「三宅克己回顧展」を開催しました。ほとんど手探りの状態で準備し開催した「みづゑ」展に対し、「回顧展」は、20数年間の調査の成果を活かすことができました(1)。新たに発見された作品や資料を紹介し、画業の流れを示すことができた他、展覧会図録には、外部の研究者の論考や、詳しい年譜、文献目録も掲載し、この時点における調査研究の現状を示すこともできました。
■交流のあった人たちから
振り返ると、美術館が地域にゆかりのある作家を調べるのは、関係者の協力が得やすい利点があるように思います。「責任をもって形にしてくれるのでは・・」という期待感があるからなのですが、学芸員はプレッシャーに耐えてそれに答えなければなりません。
幸いに三宅克己の場合も、親族の方々や交流のあった人たちと少しずつ連絡がとれ、お話しを伺うことができ、関連資料の寄贈につながる場合もありました。作家の調査では、作家本人や関係する人が亡くなると、永遠に分からなくなってしまうことも少なくありません。三宅が亡くなって半世紀近く後に当館は開館したわけですが、次の世代の方々から、貴重な情報を得ることができたのです。
■三宅克己を調べる面白さ
とはいっても、彼の画業にはまだまだ謎は多く、解明されていないことだらけといっていいほどです。水彩画隆盛期のこともそうなのですが、その後の画業をどう捉えるかという、基本的な問題でも明快な答が出ているわけではありません。重要と考えられる作品で、所在が分からないものも少なくありません。
ですが、ここでは三宅克己を調べる「面白さ」について、二つほどご紹介したいと思います。一つ目は、時代の動向と関わりながら自身の風景画や活動を変化させてきた「ダイナミック」さです。
三宅の画風は、生涯ほとんど変化がなかったと見る向きもあるのですが、そうではなかったのではないか・・。調べていくと、彼は日本とヨーロッパの絵画の動向から影響を受けただけでなく、文学や写真など絵画以外の要素とも関わりながら、表現を変化させていました。
たとえば、明治前半に相次いで来日したイギリス人画家、渡欧して知ったイギリス水彩画の歴史やフランス印象派の画家たち。それらは、彼が交流した文学者たちの動向ともつながっており、水彩画や写真の普及など、社会的な活動も彼の表現と関りがありました。とくに、水彩画の隆盛期が過ぎてからは、絵画以外のさまざまな刺激が彼の模索と結びついていて、とても興味深いのです。
それらの要素のなかで、写真についてはあまり知られていないので触れてみることにします。彼は、大正期から昭和初期にかけて、写真に関する多くの著作を著し、雑誌に健筆をふるうなど、写真界のリーダーの一人としても活躍しました。特徴的なのは、自身の写真を「趣味の写真」と呼び、写真を富裕層や営業写真家だけのものでなく、大衆化させることで新たな意味を持たせようとした点でしょう。
深く写真と関わっただけに、写真にできること、水彩画にしかできないことを整理し、自身の水彩画を探求した面もありました。そして、日本の写真史に残る業績である、小型カメラでの「速写」(スナップ写真)や引き伸ばし印画法による画面づくりの普及は、水彩画家としての経験がなければ成し遂げることができないものでした。関東大震災やヨーロッパにおける第一次世界大戦の惨状の記録など、写真を通して現実を直視する姿勢があったことも忘れるわけにはいきません。
大正期以降の彼の水彩画は、写真とともに考える必要があるのです。当時の白黒写真にはかなわなかった色彩の表現、筆触を際立たせた表現や造形的動きをつくる筆触の積み重ねがそうです。そして、過去を追想するかのような晩年の風景表現などは、写真と対比させることで理解できるのではないかと私は思っています。

乳売のお神さん(カタニヤ町) 1920年 ホドソン川 1924年
(三宅克己『欧州写真の旅』1921年 より) (三宅克己『改訂新版 写真の写し方』1929年 より)
■チャレンジャーとしての生涯
二つ目の魅力は、彼がチャレンジの人だったことです。富裕層出身でなくエリートでもなかった彼は、最初の渡米・渡欧を、アメリカで働きながら学ぶことで成功させています。個人の創造力で道を切り開いていったといえるのです。しかも、自立・自活、独立して画家として生き抜こうとする志は生涯貫きました。
それは、ヨーロッパやアメリカに何度もおもむき、美術だけでなく社会や文化を幅広く見つめ、比較しながら日本の近代化について考え続けた結果だったように思います。そこには、個性を尊重するという西洋近代美術の「理想」や若い頃に感化されたキリスト教の考え方が影響していたと思われます。
美術、文化、社会について、自身の考え方をかなりはっきり述べた人でもありました。美術館の整備や文化行政の遅れ、さらには都市や近郊の景観、公園づくりの貧弱さについても述べています。景観については、風景画を描いた人だっただけに、気になってしかたがなかったのでしょう。流行や時流に流される日本人の弱さも繰り返し指摘しています。太平洋戦争がはじまると日本の敗北を公言し、取り調べを受けたこともありました。
内向きにならず、グローバルな視野を持ち、独自の道を切り開く彼のような姿勢は、これからの日本人に求められているのではないでしょうか。今日、美術以外の分野からも、彼を「世界次元の自由人」と述べ注目する人が出ています(2)。
三宅の文章を読むと、ユーモアや明るい感覚が込められているのに気づくはずです。愛妻家であり、何度か妻を伴い、ヨーロッパやアメリカへ写生の旅にでかけたことも、それまでの海外経験と無関係ではなかったように思います。古い価値観を自ら修正していった跡もたどることができます。しかし晩年は、彼のまわりに孤独の気配がただよいはじめます。彼は多くの文章を残しており、そのようなことも詳しく調べなければならないと思っています。
■こちらもご覧ください
ここまで読んでくださり、三宅克己について「少し興味がでてきた」という方がおられたら、とてもうれしいです。当館が刊行した参考文献としては、先に触れた展覧会の図録の他、当館の研究紀要に「三宅克己の画業と生涯」というタイトルで連載しているものがあります(3)。連載は、生涯すべてを追えておらず道半ばですが、ネットでも閲覧できますので、一度のぞいてみてください。
なお、所蔵作品展(2023年度Ⅱ)では、彼が第一回渡欧から帰国する船の甲板で描いたスケッチ2点を展示しています。24歳のときの作です。ぜひご覧ください。
(徳島県立近代美術館 主席 森 芳功)
(1)「みづゑのあけぼの 三宅克己を中心にして」図録(徳島県立近代美術館、1991年)、「水彩表現の開拓者 三宅克
己回顧展」図録(徳島県立近代美術館、2014年)を参照してください。
(2)江川淑夫『文武とチャーチル 日英文化の架け橋となりて』(清流出版、2008年)。
(3)森芳功「三宅克己の画業と生涯(一) 誕生から久松小学校時代まで」『徳島県立近代美術館研究紀要』第12号、
2011年。以後、本稿執筆時点で(十一)[第23号、2023年]まで発表。下記から閲覧することができます。
https://art.bunmori.tokushima.jp/article/0007889.html
徳島県立近代美術館10月の催し物
■展覧会情報
〇特別展「ディーン・ボーエン展 オーストラリアの大地と空とそこに生きる私たち」
開催中~12月10日(日)
※詳しくは、HPをご覧ください。https://art.bunmori.tokushima.jp/bowen
【関連イベント】
・土曜ワークショップ 美術×防災 ディーン・ボーエン探検隊
「登ってつくろう!~ワライカワセミの視点から~ 」
10月21日(土) 10:00-15:00 ※要申込み
・学芸員の見どころ解説
10月29日(日) 14:00-15:00
〇所蔵作品展「2023年度Ⅱ 祈りと幻想」
開催中~11月26日(日)
※詳しくは、HPをご覧ください。https://art.bunmori.tokushima.jp
【関連イベント】
・こども鑑賞クラブ「見えないちから」
10月7日(土) 14:00–14:45