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中央テレビ編集 


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美術館からのエッセイ
特別展「境界をこえる」
こえることは、つながること。

会期:4月29日[土・祝]-6月18日[日]
 今を生きる私たちは、様々な場面で「境界」の存在に気づくかもしれません。しかし、それは本当に私たちを隔てるものなのでしょうか。たとえば、「境界」を認識することは、その先にあるものとつながりたいという私たちの意識の表れであると考えることもできます。
 この展覧会では、近現代の日本美術を中心に、作家たちが「境界」をこえ、その先とつながることで自己の表現を見つけようとした証としての作品の数々を、次の4つの視点でご紹介します。

1.時代の彼方-過去の作品とつながる


福田美蘭〈ゼフィロスから見たクロリスとフローラと三美神〉1992年 高松市美術館蔵

 福田美蘭の〈ゼフィロスから見たクロリスとフローラと三美神〉には、ボッティチェリの名作〈春〉(1482年頃)の中の向かって右端の人物から見た情景が、作者の想像によって描かれます。名画をある人物の視点から再解釈しようとする福田の挑戦を感じることができます。原典とは異なる視点から描かれたこの作品では、背景は草木が生い茂る平坦なものとなり、私たちは完璧に見える名画の虚構性を目の当たりにします。

2.キャンバスの外-画面の外にある空間や、社会とつながる


林勇気〈light/shadow〉2019年 徳島県立近代美術館

 林勇気の映像作品〈light/shadow〉は、作者がスマートフォンを触る指の動きを、自身が描き出したアニメーション作品です。私たちの身近にある最新のテクノロジーに触れる私たちの仕草を映し出しながら、同時にその揺らめく炎のような線は、像を映すために太古の昔から人類が試みてきたであろう手法を想起させます。この作品を見る私たちの意識は、目の前の作品をこえて、人類による映像の起源や、そして私たちの今日の社会の営みにまで広がっていくことでしょう。

3.内面のその奥-内なる自分とつながる


坂井淑恵〈間の人(The man in Between)〉1995年 徳島県立近代美術館

 坂井淑恵〈間の人(The man in Between)〉には、水の中に浮かぶ人物の姿が描かれます。ここでの水は、私たちを包む空気や、他者の視線など、私たちを取り囲んでいるものの比喩と考えることもできます。この作品は、自分と異質なものに常に包まれている息苦しさや戸惑い、一方でそれによって自分が成立していることへの不思議さなど、日常生活において私たちが見過ごしてしまうような肌感覚を、自身の内面の奥へと分け入ることによって描き出しているのかも知れません。

4.そこに在るもの-目の前に存在するものとつながる


岸田劉生〈静物(湯呑と茶碗と林檎三つ)〉1917年 大阪中之島美術館

 岸田劉生〈静物(湯呑と茶碗と林檎三つ)〉では、それぞれのモチーフが光を受けてきらきらと輝くさまが克明に描かれます。一方で、それぞれのモチーフの位置関係は非現実的で、器物の形もどこかいびつです。それは、劉生が目の前にあるものを限界まで見つめ、自身の目に見えたものを自身の感覚に忠実に写し取ろうとした証と言えるのではないでしょうか。

 本展を見渡せば、目の前にある「境界」のこえ方には実に多様な方法があるのを発見できることでしょう。これらの作品との出会いが、私たちを取り巻く社会の現状に光を見出すためのヒントとなることを願います。

(徳島県立近代美術館 学芸員 宮﨑 晴子)


■展覧会情報

特別展「境界をこえる」
4月29日[土・祝]-6月18日[日]
〈関連イベント〉
・作家とつながるトーク1「河合美和 自然と自分のあいだ」  
5月21日[日] 14:00-16:00
・こども鑑賞クラブ「クラブに集まれ」 6月3日(土)14:00-14:45
・展示解説 5月7日[日]、6月4日[日]いずれも14:00-15:00
・手話通訳付き展示解説 6月4日[日]10:00-11:30
・作家とつながるトーク2「林勇気 像と映像」  
6月11日[日] 14:00-16:00

所蔵作品展 2023年度 Ⅰ「人のよそおい」
4月15日[土]-7月17日[月・祝]
〈関連イベント〉
・展示解説 5月3日[水・祝]、7月9日[日]いずれも14:00-14:45
・こども鑑賞クラブ「なに着ていこう」7月1日[土]14:00-14:45