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中央テレビ編集 


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美術館からのエッセイ
画家たちが手がけた表紙絵、挿絵、ポスターなど
「所蔵作品展 徳島のコレクション 2022年度第3期」から

 11月12日(土)から始まる「所蔵作品展 徳島のコレクション 2022年度第3期」では、「20世紀の人間像」「徳島ゆかりの美術」「現代版画」の3つのコーナーを設け、コレクションの魅力を御紹介します。特に「徳島ゆかりの美術」のコーナーでは、普段あまり目にする機会がない画家たちが手がけた図書や雑誌の表紙絵、挿絵、あるいはポスターや絵はがきなどの仕事に焦点をあてて御紹介します。

 日本で装幀や挿絵などが専門デザイナーの仕事になったのは、それほど古いことでありません。戦前まもない頃までは画家に依頼することが珍しくなく、若手作家だけでなく、大家といわれるような画家も盛んに装幀や挿絵を手がけています。古い図書や雑誌を調べていくと、思いがけないような大家が描いた表紙絵や挿絵に出会うことがあります。画家にとって、生活を支えるためのアルバイトという側面もありました。  
 これらの仕事は、画家たちにとっては、本来の制作ではない余技というべきものです。しかし、それだけにかえって自由で様々な工夫を見てとることができます。画家たちの隠された力量が現れた仕事です。
 このコラムでは、会場に展示する表紙絵や挿絵の中から、清原重以知と伊原宇三郎の仕事を御紹介します。全貌はぜひ会場で御覧ください。  

 清原重以知(1888~1971年)は、現在の阿南市下大野に生まれ、東京美術学校(現・東京藝術大学)西洋画科を卒業しました。東洋絵画を思わせる伸びやかな筆致で静かな情感に満ちた作品を描きました。光風会展や帝国美術院展、文部省美術展、戦後の日展などを作品発表の場とし、光風会の会員であり、文部省美術展では無鑑査の処遇を受けました。  
 清原にとって、表紙絵や挿絵の仕事は不本意な仕事だったようです。しかし、戦前戦後の日本では、洋画家は絵だけで生活することが難しく、収入を得る数少ない手立ての一つが挿絵や表紙絵の仕事でした。  
 清原の長女清原美彌子氏は、次のように父母の思い出を語っています。「父は格別こういう仕事をいやがったが、母としては父にこれらの仕事をやってもらわなければ経済が成り立たない。夕食後遅くなってから父は眉根をひそめながらこの仕事にとりかかる。(ほとん)ど裸電球に近いあかりをコードごと引っぱり降ろして父の手許を照らす。母はおろおろと火鉢の炭を加えたり、ぬるくなったお茶を何度も熱いものに取り替えたり、仕事に使う絵の具や絵筆を父の手許にとり揃えたり…たいへんな気の使いよう」だった。
(清原美彌子「父・清原重以知の思い出」『特別展 徳島の作家 清原重以知展』徳島県立近代美術館 1995年)

 









清原重以知〈夏の女〉1928年
油彩 キャンバス 116.8×90.8cm


 
表紙絵:清原重以知
『主婦と生活』1949年8月号、『主婦と生活』1949年10月号
(10月号は一部が破損しています。)

  
挿絵:清原重以知                            挿絵:清原重以知
菊池寛(著)                               石川寅吉(著)
『小學生全集15 日本文藝童話集(中)』               『小學生全集47 日本武勇談』
興文社、文藝春秋社 1928年4月                   興文社、文藝春秋社 1928年3月


     
挿絵:清原重以知
兼常清佐(著) 『小學生全集67 音樂の話と唱歌集』興文社、文藝春秋社 1927年10月
左からヘンデル、リスト、ワーグネル(ワーグナー)、シューベルト


 伊原宇三郎(1894~1976年)は徳島市に生まれ、清原と同じ東京美術学校(現・東京藝術大学)西洋画科に学び、卒業後は1925(大正14)年から5年間フランスに留学しました。帰国後は帝国美術院展で連続して特選を受賞し、画壇の脚光を浴びました。母校の東京美術学校助教授に就任し、帝国美術院展の審査員も務めました。戦後は日本美術家連盟委員長や日展評議員などの要職を歴任しています。
 伊原が初めて雑誌の挿絵を描いたのは、美術学校入学の年でした。苦学生だった伊原にとって、挿絵の仕事は生活を支える大切な仕事でした。3年生の頃からは三省堂の出版物の挿絵や凸版印刷のポスター原画を手がけるようになり、ようやく生活が安定したといいます。
 しかし画家として大成し、洋画壇の大家と目されるようになってからも、伊原は挿絵や表紙絵の仕事を続け、生涯におびただしい数の作品を残しています。伊原に仕事が集まったのは、出版社が伊原の名声に商業的な効果を期待してのことだったと思われます。また、長年の経験を通じて、原画が印刷物に仕上がったときの効果を熟知した伊原の仕事が、編集者や印刷業者から支持されたのでしょう。しかし、それだけでなく、一般大衆や若い女性、子供など、読者層にあわせて自在に画風を変えた表紙絵や挿絵からは、伊原自身が楽しんで取り組んでいた様子が伝わってきます。
                   

(主席 江川 佳秀)


 













伊原宇三郎〈赤い着物のマドレー〉
1928年頃 油彩 キャンバス
116.0×72.5cm

              
原画:伊原宇三郎                        原画:伊原宇三郎
〈カルピスのポスター〉                     絵葉書「スキー場の春」
制作年不詳 多色印刷                    (『週刊朝日』1935年1月1日号付録絵葉書原画)
伊原乙彰氏寄贈                         1934年 多色印刷

               
装幀:伊原宇三郎                        装幀:伊原宇三郎
菊池 寛(著)                             吉田甲子太郎(著)『源太の冒険』
『昭和の軍神 西住戰車長傳』                 朝日新聞社 1947年5月
東京日日新聞社 1939年9月                  伊原乙彰氏寄贈
伊原乙彰氏寄贈



伊原宇三郎が表紙絵を描いた雑誌



■展覧会情報
○特別展「風土と美術-青森/徳島」 開催中-11月27日[日]
○所蔵作品展「徳島のコレクション2022年度 第3期」11月12日(土)~令和5年4月9日(日)

■特別展「風土と美術-青森/徳島」関連行事
・展示解説 11月13日[日]14時~14時45分、要観覧券、申込不要
・レクチャー「徳島の郷土芸能-人形浄瑠璃、農村舞台、襖絵について」佐藤憲治氏(徳 島県立阿波十郎兵衛屋敷館長)11月23日[水・祝]14時~15時、要観覧券、申込不要
■所蔵作品展「徳島のコレクション 2022年度第3期」関連行事
・展示解説 12月3日(土)14時~14時45分、要観覧券、申込不要