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中央テレビ編集 


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美術館からのエッセイ
特別展「日本の戦後彫刻」

 現在、徳島県立近代美術館では、特別展「日本の戦後彫刻」を開催しています。この展覧会は、当館の所蔵作品と相生森林美術館の所蔵作品により、第二次世界大戦後の1950年代から2000年代にかけての日本の彫刻の移り変わりを紹介するものです。
 当館では、開館前の1985年から作品の収集を行ってきました。収集方針に掲げた「人間像をテーマ」とした彫刻のコレクションは、第二次世界大戦後の日本の彫刻の様相をある程度見渡すことができるようになりつつあります。相生森林美術館は、徳島県南部の山間に位置する那賀町にある公立美術館で、良質の木材の産地である地域の特性を踏まえ、木彫と木版画を収蔵するという特色ある美術館です。その木彫コレクションは全国で活躍する木彫作家の作品を中心としたもので高い評価を得ています。


鈴木実 〈家族の肖像〉 1981年 相生森林美術館蔵


 日本の戦後美術の動向は、1970年代から80年代頃を境にその様子を大きく変えました。それは、彫刻においては“もの”と“語り”の関係の変化として見ることができます。彫刻は、物体そのもの、そしてその物体が存在する空間により、作者の思いが表現されています。この展覧会では、物体と空間を“もの”、作者の思いを“語り”、そしてそれらが結合して表現された作品を“物語”ととらえ、日本の戦後彫刻の移り変わりを【時代を反映した物語】【寡黙な物語】【私の物語】の3つの物語のコーナーを設けて “もの”と“語り”の様々な関係とその変遷をたどります。

■時代を反映した物語
 ここでは1950年代から1970年代初めにかけての時代を概観します。この時代を大きく括ると、それまでの美術界に新しい戦後の動向が加わった再出発の時代から、大きく変わっていく社会と関わりながら多様化していく時代といえるでしょう。
 1950年代前後は、戦時の抑圧から解放された自由と社会的混乱の中で、喜び苦悩する人間の生を謳う作品、社会と人の関わりを表した作品など、その時代と関わって物語る作品を紹介します。


植木茂 〈トルソ〉 1957年 徳島県立近代美術館蔵

 1960年代前後になると、若い世代の作家による自由な表現が過激化し、従来の絵画や彫刻といったイメージでは包括できないような「反芸術」と呼ばれる作品が現れます。また、抽象彫刻が展開するとともに、新しい素材の使用や、光や動きを取り入れた作品の出現など、様々な新しい動向を見ることができます。 ここでは、「反芸術」や新しい動向として時代と関わった作家の作品を紹介します。


篠原有司男  〈首長オートバイ〉 1979年 徳島県立近代美術館蔵  ©Ushio + Noriko Shinohara

■寡黙な物語
 ここでは、1960年代末から1980年代初めまでを含めた1970年代前後の動向を紹介します。この時代を大きく括ると、「コンセプチュアルアート」(概念芸術)や、「もの派」と呼ばれる作家たちに代表される、寡黙な物語の時代といえます。
 現代美術の展開のなかで美術が成立する条件を突き詰めていった結果、観念や思考そのものを作品とみなすコンセプチュアルアートが現れました。また世界的な美術の動向と平行するように、日本では、ものを提示することで表現する「もの派」と呼ばれる作家たちが出現します。これらの作品は、作品そのものが作家の思いを熱く語るというようなものではないことから「寡黙な物語」と名付けました。ここでは、後の時代に制作された作品となりますが、様子をうかがい知ることのできる作品をそれぞれ紹介します。

■私の物語
 最後に1980年代前後から2000年代初めの「ゼロ年代」までを紹介します。 
 1970年代前後の寡黙な物語の時代は、ものは提示するものの“作らない”で表現するという、ある種禁欲的な状況で、作家にとっては極めて重苦しい状況だったことでしょう。その反動が現れたのがこの時代で、物語が帰ってきます。しかし、帰ってきた物語は、70年代以前のような既に枠組みとしてある社会と関わりをもった物語ではなく「私の物語」でした。
 1980年代前後には、社会的状況の変化の中で、既存の制度によらず、自分の感覚をその基として自分の言葉で語る作家たちが現れます。この動きはニューウェーブと呼ばれました。作品が醸し出す雰囲気、作品が置かれた場の気配などを含めた様々な物語を、作家それぞれの言葉で語っています。


中西學〈ROCKIN' RIDER'87 -SIDE BY SIDE- 1987年 徳島県立近代美術館蔵

 1990年前後には、サブカルチャーのイメージを多用して物語るネオ・ポップと呼ばれる若手作家が登場します。また2000年前後に現れた、自分の身辺の事柄をもとにそれぞれが物語を構成する新しいタイプの作品群に対して「マイクロポップ」なる概念が提唱されたりします。 それらの作家たちの作品は、枠組みに依った大きな物語からそれぞれの物語に拡散した1990年代以降の物語が、個別化が進む社会的変化のなかで、一層、自分のことを語る物語となる傾向を強めているように思われます。


青木千絵 〈BODY 08-1 2008年 徳島県立近代美術館蔵

■トピック展示
 3つの物語のほかに、いくつかの作品をテーマでまとめて紹介するトピック展示を設けています。

「トピック1 作家の展開」では、戦後の抽象彫刻を代表する作家である建畠覚造を取り上げ、3点の作品で作家の展開を紹介します。
「トピック2 目」では舟越保武、細川宗英、鈴木治が人体の頭部を作った作品を並べて展示します。目の部分に注目して表現を見比べていただければと思います。
「トピック3 ある4人展」は、木彫作家の深井隆の発言をもとにした展示です。
深井隆によると*、1980年代前半頃に、鈴木実が深井隆、舟越桂、藪内佐斗司に4人展をやろうと声を掛けたものの、実現しなかったといいます。相生森林美術館のコレクションに鈴木実と深井隆、当館のコレクションには舟越桂と藪内佐斗司の木彫作品があることから、制作された時代は深井の発言にある時代とは一致しませんが、4人の作家の木彫作品を一堂に展示し、その様子を想います。
* 研究会「彫刻家 鈴木実とかたち」実行委員会編『研究会記録』 研究会「彫刻家 鈴木実とかたち」実行委員会 2005年 P..25


深井隆 「逃れ往く思念-遠い風-」 1993年 相生森林美術館蔵

■リアルな美的体験
 時代を強く反映した物語から、寡黙な物語を経て、私の物語へと、その語りは変わってきましたが、作者の思いは全て作品という物によって語られています。彫刻は、物がそこにあることで成就する実体の芸術です。彫刻の鑑賞は、彫刻が実体の芸術であることから、作者の語りの身体的な体験といえます。その語りの変遷をたどるこの展覧会は、デジタル化していく現代を生きる人々にとって、リアルな美的体験の機会となることでしょう。

(徳島県立近代美術館 主席 安達 一樹)


■展覧会情報

○特別展「日本の戦後彫刻」 開催中-202294日[日]

【関連イベント】

・手話通訳付き展示解説 87日(日)10001130 要観覧券、申込不要、どなたでも(聞こえる方も御参加ください)

・展示解説 828日(日)14001500 要観覧券、申込不要

 

○徳島のコレクション 2022年度 第2期 開催中-11月6

特設展示 「徳島ゆかりの日本画家 幸田暁冶」 開催中-94

 

■イベント

○「タングラムでつくるオリジナル絵本」

  数学と美術を統合したSTEAM教育プログラムの体験ワークショップ

日時:87日(日)13:0016:00

場所:アトリエ(3) 

参加対象:保育者、教員

定員:15名程度

 申込方法:電話、ファクシミリ、メールで申込(締切84() 先着順)

 ※申込に際してお知らせいただくこと:①参加者のお名前と所属 ②連絡先

 

 
※新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、会期や催しの内容が変更・中止となる場合があります。

※予防対策として、検温、マスクの着用、手指消毒などに御協力をお願いします。