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中央テレビ編集 


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美術館からのエッセイ
所蔵作品展2021年度 第2期 特集 山下菊二の手法 イメージを誘発する
2021年9月14日~12月5日


■山下菊二とシュルレアリスム
 徳島県立近代美術館では、昨年に引き続き、山下菊二(1919~86年)の特集を開催します。
 現在の徳島県三好市井川町辻に生まれた山下は、香川県立高松工芸学校を卒業後上京し、シュルレアリスムの画家福沢一郎に学びました。戦後はシュルレアリスムの手法と日本の土俗的なイメージを駆使し、戦争や部落差別などの人権問題を社会に訴えかける作品を描きました。現在では戦後日本美術を代表する画家の一人と目されています。  
 もっとも、山下がシュルレアリスムの手法を駆使したとはいっても、1920年代のフランスで興った芸術思潮シュルレアリスムは、作品の制作にあたって、理性による影響をできる限り排除し、人間の心の奥底に潜む無意識や意識下の世界を引き出そうとするものでした。山下が作品に込めた現実社会に向けた具体的で意識的なメッセージとは、本来は相容れないものです。
 しかし、山下は幼少期に郷里で体験した封建的な家族制度や「家と家との対立」に反発を感じ、「無意識的な人間解放を目指している」シュルレアリスムに、「自分の内部で抑圧された何かを解放してくれるものを」感じていたといいます。(山下菊二、榎本譲(対談)「山下菊二氏インタビュー 1971年夏-シュールレアリスムと政治行動」私家版)そして、山下が反発を感じた旧弊な社会のあり方とは、山下の理解では戦争や差別などの人権問題を温存し、再生産する元凶でした。山下にとってシュルレアリスムと人権問題に対する異議申立は、真っ直ぐにつながるものだったのです。  

 今回の特集では、山下が駆使したさまざまなシュルレアリスムの手法に着目し、作品を御覧いただきます。山下にとってシュルレアリスムの手法とは、作品を発想し、イメージを形にしていく手がかりでした。山下の思索の過程を垣間見ることにもつながるはずです。  
 山下が用いた多彩な手法は会場で御覧いただくとして、ここではその中でも特に山下のオリジナルともいえる二つを御紹介します。


制作中の山下菊二 1968年 撮影:谷口皓一


《危》1972年 コラージュ 紙  山下昌子氏寄贈

■山下の工夫-実物投影機の使用  
 山下は、「実物投影機」を使って絵を描くことがありました。平面、立体にかかわらず「実物投影機」にセットできる大きさのものであれば、スクリーンや壁に自由な倍率で映像を投影することができます。山下はこの器具を使って、キャンバスの上にさまざまなイメージを拡大し、絵筆で描き写したのです。  
 1枚の画面に複数のイメージを組み合わすという点では、シュルレアリスムの典型的な手法コラージュに共通します。しかし元のイメージの大きさが自由に変えられるという点で、より自由度が高い手法です。  
 《顔色なし》の制作にも、「実物投影機」が用いられています。画面のボクサーは、1970年代のアメリカを代表するプロ・ボクサー、モハメド・アリ。雑誌に載っていたアリの写真を拡大しています。


《顔色なし》1977年 油彩 キャンバス  山下昌子氏寄贈


山下菊二が使用した実物投影機  門田秀雄氏寄贈

■山下の工夫-無作為の中に形を探す  
 山下が亡くなったあと、アトリエには制作途中のキャンバスが何枚も遺っていました。無作為に絵筆を走らせた跡が残るキャンバスです。その中には、偶然積み重なった絵具が作り出した形に触発され、何かを描き始めていたキャンバスもあります。山下は具体的な構想があって絵を描き始めるのでなく、漫然と絵具を塗り重ねながら偶然の形が現れるのを待ち、その形に着想を得て全体を描き進めるということがあったようです。
 《未完成作品 黄色の中に埋もれた男たち》は、その過程がよく分かる一点です。画面左下の筆跡の中に人の顔を見つけ、目を描き足しています。《4人のパイロット》(1962年)も、そのようにして出来上がった作品だったと思われます。  
 無作為に重ねた筆跡が、予期しない絵に発展していく山下の絵の作り方は、無意識の世界を垣間見るシュルレアリスムの世界に通じるといえそうです。


《未完成作品 黄色の中に埋もれた 男たち》制作年不詳  油彩 キャンバス 山下昌子氏寄贈  
画面左下に顔が埋もれている。



《4人のパイロット》1962年 油彩 木板 山下昌子氏寄贈
                                    (主席 江川 佳秀)

徳島県立近代美術館10月の催し物

〔展覧会〕
◆所蔵作品展「徳島のコレクション 2021年度第2期 特集 山下菊二の手法 イ メージを誘発する」 開催中-12月5日(日)
◆特別展「子供のころ」 10月9日(土)-11月28日(日)

〔イベント〕
◆展示解説「特集 山下菊二の手法 イメージを誘発する」 10月10日[日]  14:00~15:00 美術館展示室2 要観覧券 申込不要 
◆こども鑑賞クラブ「菊二さんのやり方」 10月16日[土] 14:00~14:45 美術 館2階ロビー集合 小学生対象 参加無料 要申込
◆展示解説「子どものころ」10月24日[日] 14:00~14:45 美術館展示室3 要観覧券 申込不要