HOME > 連載コラム

中央テレビ編集 


<< 先月のコラムへ    トップへ    >> 次月のコラムへ

美術館からのエッセイ
夏休みは、文化の森の美術館でアートと自転車をたのしもう!


 最近、自転車の需要が急増しているようです。徳島新聞(令和3年5月31日付)によると、コロナ禍のなか、自転車は人が集まる公共交通機関を利用せずに移動ができ、また外出自粛の運動不足解消にもつながることから、世界的に需要が増えており、徳島県内の自転車店でも品薄のところがあるそうです。(「県内自転車店 品薄状態 コロナで需要過多」)  
 そういえば、近頃、文化の森の駐車場でも、休日にロードバイクでツーリングする人たちが集合している様子をよく見かけます。そこにコロナの影響があるかもしれないと考えると複雑な気持ちになりますが、自転車は移動手段だけではなく、スポーツ、レジャー、旅行、健康、ファッション、環境など様々な面で幅広い可能性を持っています。そして、さらに美術、アート、デザインの面から自転車にアプローチしてみようというのが、今回ご紹介する徳島県立近代美術館の特別展「自転車のある情景」(2021年7月17日[土]~9月5日[日])です。

◆1章 自転車誕生!
 時代はさかのぼって、1898(明治31)年、19世紀末のイギリスに徳島出身の一人の若者が降り立ちました。のちに日本の水彩画の先駆者となる三宅克己(1874-1954年)です。その時24才。三宅は書き残しています。「ロンドンに来て早々私は自転車を買った。それに乗って毎日野外に写生に出たり、また市街を駆け回った」* 
 19世紀の初頭に発明された自転車は、急速に発展を遂げて、19世紀末には欧米を中心に広く普及していきます。三宅に限らず、たとえば洋画家の浅井忠はフランスで(1901年)、文豪の夏目漱石はイギリスで(1902年)、それぞれ自転車の練習をしています。(2)ほかにも、この頃小説家の志賀直哉や詩人の萩原朔太郎なども自転車に熱中していたと言われています。このように画家や小説家にも愛された自転車は、それから100年以上経った現在、日常生活に欠かせないパートナーとして私たちのそばにあります。
 本展ではまず、自転車が誕生して急速に発達した19世紀後半の自転車を紹介します。車輪を人力で動かして進む乗り物「自転車」の始まりは諸説ありますが、一般的には1817年のドイツで生まれた「ドライジーネ」がその元祖と言われています。これは足で地面を蹴って進む方式でしたが、その後、前輪にペダルが付いたミショー型、スピードが出せるように前輪が大きくなったオーディナリ型、そしてチェーンによって後輪を駆動させ、現代の自転車の基となったセーフティ・バイシクル(安全型自転車)へと発達していきます。ここではそんなクラシックな自転車の実物を展示します。  

◆2章 自転車とオリンピック・パラリンピック
 つぎは、オリンピックに関係する自転車や資料をとりあげます。1964(昭和39)年の東京オリンピックでの自転車競技ロードレースのために作られた自転車や、この大会に出場した名選手、大宮政志さんに関連する資料、また近年注目されているパラリンピックの自転車競技のための自転車も紹介します。  

3章 自転車と美術  
 ここからは、自転車がモチーフとなった美術作品を、「3−1 自転車とポスター(19世紀末から20世紀)」、「3-2 明治・大正・昭和 自転車のある日本」、「3-3 20世紀 モダンアートと自転車」、「3-4 写真と自転車」の4コーナーに分けて紹介します。19世紀末のヨーロッパのポスター、日本の錦絵や大正昭和のレトロなポスター、レジェやメッツァンジェ、山下菊二、松本竣介、瑛九らの絵画や版画、カルティエ=ブレッソン、石元泰博、大辻清司、植田正治、森山大道らの写真などを展示します。
 これらの自転車をめぐる美術作品の見どころは、まず自転車の機械美やスピード感、その形態に着目した表現です。そして、また自転車というモチーフは、近代的な生活の自由さや軽やかさへのあこがれや、さりげない日常性を暗示する一種のアイコンのような役目も果たしています。自転車は絵になるモチーフなのです。

◆4章 自転車とデザイン
 最後は、デザイン性に富んだ実際の自転車を紹介します。《ハミングバード》、《三連勝》、《メビウス》などの独創的で美しいデザインの自転車をはじめ、マホガニーを用いた手作りの木製自転車や竹を用いたバンブーバイク、木製でユニークな形をした子供用自転車、さらにはホイールやチェーンリングなどの自転車パーツも展示します、また映画「E.T.」に登場したBMXや、ディック・ブルーナの絵本『うさこちゃんとじてんしゃ』に関連する版画、また自転車と関連の深い「椅子」の作品もご覧頂きます。身近な私たちのパートナー「自転車」が持つ機能美や美しさ、デザインの魅力をお楽しみ下さい。

◆さいごに
 自転車にまつわるエピソードは、皆さんもそれぞれにお持ちのこととでしょう。たとえば、1970~80年代のかつての自転車少年たちにとって、ブリジストン自転車「ロードマン」は懐かしい思い出をよびおこすのではないでしょうか。この展覧会がきっかけとなって、それぞれの個人的な自転車の記憶や体験が、美術やデザインの世界の発見につながっていく。そんな機会となることを願っています。
                                   (上席学芸員 友井 伸一)
*三宅克己『思ひ出つるまゝ』光大社 1938年、浅井忠、和田英作「愚劣日記」1902年、高橋在久『浅井忠の美術史』第一法規出版 1988年 所収。夏目漱石「自転車日記」1903年、『漱石紀行文集』岩波文庫 2016年 所収。志賀直哉「自転車」1951年 『ちくま日本文学021 志賀直哉』2008年 筑摩書房 所収。萩原朔太郎「自転車日記」1936年『ちくま日本文学036 萩原朔太郎』2009年 筑摩書房 所収。なお三宅克己の引用部分は、ホームページに掲載するため、旧字体を新字体に改めました。

「自転車のある情景」展 特設ページにも作品画像を掲載しています。
https://art.bunmori.tokushima.jp/bicycle


〈オーディナリー型自転車〉 1884年 自転車博物館サイクルセンター蔵



エルネスト・ヴリマン 〈プジョー自転車〉1895年 リトグラフ 紙 自転車文化センター蔵



 R.レバード 〈クレマン自転車〉1910年 リトグラフ 紙  自転車文化センター蔵


ジャコモ・バッラ 〈輪を持つ女の子〉 1915年 油彩 キャンバス ふくやま美術館蔵


ジャン・メッツァンジェ 〈自転車乗り〉1911-12年 油彩、砂、コラーシュ キャンバス 徳島県立近代美術館蔵


ロードマン(ブリヂストン) 1975年頃 自転車博物館サイクルセンター蔵


メビウス カヴァイシャスフレーム(メビウス 栗田秀一)1995年頃 自転車博物館サイクルセンター蔵


ケルビム ハミングバード(今野製作所 今野真一)  2012年 今野製作所蔵



GPX-SR(オーエックスエンジニアリング 小澤徹)2014年 オーエックスエンジニアリング蔵

徳島県立近代美術館7月の催し物

〔展覧会〕
○「自転車のある情景」
2021年7月17日(土)~9月5日(日)徳島県立近代美術館 *観覧料が必要です。

○「所蔵作品展 徳島のコレクション 2021年度 第2期
2021年7月10日~12月5日(日) 近代美術館 展示室1、2 *観覧料が必要です。

〔イベント〕
○こども鑑賞クラブ「ニューフェイス」
講師:近代美術館スタッフ
2021年7月3日[土] 14時-14時45分
2階ロビーに集合/対象:小学生/定員15名程度 電話で申込、先着順/参加無料
(保護者同伴可。観覧券が必要です。)

○「所蔵作品展」 展示解説「徳島のコレクション 2021年度 第2期」
講師:担当学芸員
2021年7月18日(日) 14時-14時45分
展覧会場/申込不要/観覧券が必要です。

○学芸員の見どころ解説
「自転車のある情景展」
講師:友井伸一(当館上席学芸員)
2021年7月25日(日)、8月15日(日)、29日(日) いずれも14時-15時
展覧会場/対象:一般/申込不要/観覧券が必要です。 *手話通訳や要約筆記を希望される方は、2週間前までにご相談ください。

○手話通訳付き展示解説
「自転車のある情景展」
講師:友井伸一(当館上席学芸員)
2021年7月31日(土)10時から11時30分
展覧会場/対象:どなたでも(聞こえる方もどうぞご参加ください)/申込不要/観覧券が必要です。

○こども鑑賞クラブ「自転車大集合」
講師:近代美術館スタッフ
2021年7月31日[土] 14時-14時45分
2階ロビーに集合/対象:小学生/定員15名程度 電話で申込、先着順/参加無料
(保護者同伴可。観覧券が必要です。)

○スペシャルトーク「自転車と美術のたのしいお話」
「自転車のある情景展」
講師:中西裕幸 (ナカニシサイクル代表)
2021年8月1日[日] 14時-15時30分
展覧会場/対象:一般/申込不要/観覧券が必要です。