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中央テレビ編集 


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美術館からのエッセイ
河合美和、児玉靖枝、増田妃早子(ひさこ)、渡辺智子(さとこ)のそれぞれのながめ


■はじめに
 近代美術館では、4月25日から特別展「それぞれのながめ-河合美和、児玉靖枝、増田妃早子、渡辺智子」を開催します。関西に拠点を置き、40年近い画業をたゆまず続けてきた四人の画家たちは、絵画の道を志した頃から、それぞれの制作を互いに識り尽くしてきました。そして、近年、それぞれの表現に深まりを見せています。同じ時代を近くにありながら、それぞれが拓いてきた絵画制作の道のりが到達したところをご覧頂きながら、「絵画表現とは何か」ということをじっくりと考える機会を持ちたいと思います。

■河合美和-その先にある輝かしい場へ
 河合美和(1960年 兵庫県生まれ)は、学生時代に抽象絵画を学びました。平面表現を模索しながら、河合は、自身と共に生長してきた六甲の山々に生い立つ樹木を親しく見つめ続けてきました。よく知った森を逍遙し、なじんだ樹々に注ぐまなざしに気持ちを寄せながら、現前の景の向こうにひろがるさらなる奥行きを描き出そうと考えました。伸びやかな筆から生まれる作品群は、ときに深い森に分け入るときに感じるような畏れや愉悦を与えながらも、光に満ちた明るい未来へと私たちを誘います。

  
        河合美和 <2020・JAN Ⅰ>2020年 油彩 キャンバス
                  194×130cm 作家蔵

■児玉靖枝-冷静な目、明晰な思考、誠実な手
 児玉靖枝(1961年 兵庫県生まれ)は、身近な自然に取材した主題をじっくりと展開させながら、その実力と冴えた理念を、作品を通じて周囲に知らしめてきました。自然の中に立ち現れる不可知な光景、認識以前の感覚を主題に、凄みのある作品を「深韻」と題したシリーズで発表し、高い評価を得ました。「Asyl(アジール)」では、開かれた自然の力のダイナミズムを示唆しつつ自由な鑑賞の場を護るというダイナミックな展開を見せ、現代の絵画表現を導く美術家の一人と目されています。

  
           児玉靖枝 <わたつみ 九、十、六十>2012年 油彩 キャンバス
                   各112×162cm 作家蔵 撮影:大島拓也


■増田妃早子-貫かれる知性と才気

  増田妃早子(1962年 大阪府生まれ)は、現前するものを画面に蘇らせるために、達者な筆と深い思考で、とらえきれないリアリティについて考察してきました。絵画の成り立ちについての洞察を経て、月、花、風景など身近なモチーフを通じた表現は、機知に富み、同じ時代を生きる私たちの身体の奥から、忘れていた記憶や感情を引き出すかのように誘います。寡黙で内省的でありながら知的な遊びのような画面は、観る者を深い表現世界の淵へと誘い、静かな余韻の中に浸らせます。


  
         増田妃早子 <land-e-scape 201809-1> 2018年 油彩 キャンバス
                      162×130.2cm 作家蔵


■渡辺智子-暮らしに満ちる慈愛と哲学
 渡辺智子(1963年 奈良県生まれ)は、私たちが看過しがちな自然の細やかな移ろい、そのしたたかな力や勢いに、すべての感覚器官を研ぎ澄ませて向き合ってきました。「日常」という言葉で簡単に一括りにはできない複雑な時間や場面、存在するすべてのものを主題に、目と手と心でそれらをしなやかに紡ぎます。身辺から掬い取られたようなモチーフは、画面ではときに透明な輝きを放ち、濃密な被膜によって調えられています。作品を支えるのは、渡辺が日々の暮らしから見出した哲学です。

  
 渡辺智子 <雨のアルゲリッチ> 2018年 アクリル、コンテパステル 水彩紙
               37.6×27.2cm  個人蔵


■描き続けること
 選び出した画家たちは、それぞれに自分の描くべき対象を模索しつつ、現代に与し、時代と共に生きてきました。平面表現の可能性を探りながら制作を続け、変化する「いま」を描き続けてきた、いずれも揺るぎない歩みを持つ、私たちの時代の一面を代弁する画家たちです。作品を創り続けること、表現を生み出し続けることの厳しさは、おそらく言葉には尽くせません。ましてそれが、時代や社会、私たちの人生を全て取り囲んでいるものへの意識の高いまなざしに始まるものであるならば、いのちを削るような仕事であるに違いありません。  
 作品の前に佇み、私たちは、現代史を紡いでいる画家たちそれぞれのまなざしや個性あふれる表現を味わいながら、豊穣な絵画表現の世界に分け入ることができるのではないでしょうか。そして、作品の前での経験が、私たちの人生をこれまでより美しく、輝かしいものにしてくれること、私たちの日常に多様な視点を示唆し、探究心をかき立ててくれること、私たちの生きる時間に希望や勇気を与えてくれること、そして芸術の存在がじつに身近であることに気づいていただけるならば幸いです。
                                                    (上席学芸員 吉原 美惠子)

徳島県立近代美術館展覧会案内

特別展 それぞれのながめ-河合美和、児玉靖枝、増田妃早子、渡辺智子  
 開催中-6月14日[日]  
 美術館展示室3  
 *5月17日(日)14時から15時に、担当学芸員による展示解説があります。(観覧券が必要です。)

所蔵作品展 徳島のコレクション2020年度 第1期
・特集 新収蔵作品を中心に  
 開催中-7月12日[日]
・現代版画  マルセル・デュシャン 版画集<恋人たち>  
 開催中-5月17日[日]  
 ベン・シャーン 版画集<リルケ「マルテの手記」より:一行の詩のためには…> 
 5月19日[火]-6月14日[日]  
 美術館展示室1,2,美術館ロビー他  
 *5月24日(日)14時から14時45分に、担当学芸員による展示解説があります。(観覧券が必要です。)