「生まれくること」と「死にゆくこと」は、どんな人にも等しく与えられる経験ですが、その間にある「生きてゆくこと」の中には、一人一人違った経験が待っています。私たちは、それぞれが自分の人生を生きてゆく中で、ふと、他人の人生を垣間見て、生きてゆくことについて立ち止まって考えてみる時間を持つことがあります。
このたびの所蔵作品展2019年第3期の特集展示では、「生きてゆくこと」と題し、作品を通じて、自分の中に深まってゆく「生きてゆくこと」についての内観の時間を味わっていただきたいと考えています。
石内都(1947- )の<25 MAR 1916>には、人が生きてきた時間がその身体に刻むものが示されています。私たちは傷つき、傷を癒やし、生き延びてきたと言えるでしょう。
片瀬和夫(1947- )の<ホームレス>は、くつろげる家を失い、自分でつくった簡便な家、すなわち段ボールハウスの中にひとときの平安を見出す都会の孤独な命を静かな光によって象徴させた作品です。彼らは社会に見捨てられた人というよりは、社会をいまだ見捨てることをしない人たちであると片瀬は言います。その深い思慮に触れ、社会のさまざまな問題や個々が直面する困難、または喜びや悲しみによって紡がれる、私たちが生きている時間について、しばし思いを馳せていただきたいと考えます。
アルフレッド・ジャー(1956‐)の<シックス・セカンズ>は、長い人生の時間の中でのたった6秒間の出会いが作品として結実したものです。この作品は、作家の現地取材によるルワンダの内戦の現実から構成されています。混乱するキャンプの中で戸惑う少女の姿から私たちが知りうることと知りえないことを考えてみましょう。作家は、すべてを理解することは簡単ではないことを小さなライトボックスの文字によって示しています。
森口ゆたか(1960- )の映像作品<HUG>では、人と人が親しく抱きしめあう場面を重ねています。私たちは互いを知り、それぞれが相手を大切にするために生まれてきたのではないかと問いかけているのです。作品の背景には、私たちが生きている現代社会があることを考えながら鑑賞してみましょう。
いずれも、生きてゆくことに真摯に向き合い、美術表現は人のいのちの時間に対して何をなしうるか、ということを深く考察した上に生み出された作品です。
(上席学芸員 吉原美惠子)
石内都 <25 MAR 1916 #7> 2000年
ゼラチンシルバープリント
108.0×74.0cm
徳島県立近代美術館蔵

片瀬和夫 <ホームレス> 1992年
ダンボールに黒色シルクスクリーン、青い螢光灯、青いフィルター
100.0×200.0×90.0cm
徳島県立近代美術館蔵
撮影:米津光

森口ゆたか <HUG> 2010-2011年
DVDディスクに記録された映像をプロジェクターにより投影
サイズ可変
徳島県立近代美術館蔵
撮影:米津光
徳島県立近代美術館展覧会案内
・所蔵作品展 徳島のコレクション2019年度第3期
11月2日(土)-2020年2月2日(日) 展示室1,2,屋外展示場他
「特集 生きてゆくこと」
11月2日(土)-2020年2月2日(日) 展示室1
*11月17日(日)14時から14時45分に「徳島のコレクション」の展示解説があります。
*11月24日(日)14時から14時45分に「特集 生きてゆくこと」の展示解説があります。
・特別展 ニューヨーク・アートシーン-ロスコ、ウォーホルから草間彌生、バスキアまで 滋賀県立近代美術館コレクションを中心に
開催中-11月4日(月・祝) 展示室3
・所蔵作品展 ユニバーサル美術館:話せば広がる鑑賞物語
11月23日(土・祝)-12月25日(水) 展示室3
*11月23日(土・祝)10時から12時に「手話通訳つきの会」が、14時から15時に「色々な手段で語る会」があります。(祝日は観覧無料となります。)
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