| 「100万年も しなない ねこがいました。」ではじまる絵本『100万回生きたねこ』。1977年の刊行以来、発行部数221万を数えるロングセラーです。この夏、文化の森の近代美術館では、この絵本の作者、佐野洋子さんの展覧会を開催します。 
 
  『100万回生きたねこ』 作・絵 佐野洋子 (講談社刊)
 
 ■ねこの絵本
 みなさんは、ねこはお好きですか?ここ文化の森には、たくさんのねこがいますが、佐野洋子さんの作品にも、ねこがたくさん登場します。この展覧会では様々なねこに出会えます。
          第1章「『100万回生きたねこ』の世界」と第2章の「ねこ、ねこ、ねこ」のコーナーでは、『100万回生きたねこ』(講談社)、『すーちゃんとねこ』(こぐま社)、『さかな1ぴき なまのまま』(フレーベル館)、『空とぶライオン』(講談社)の原画を紹介します。どの絵本にも個性豊かなねこが登場しています。
 
 
  『100万回生きたねこ』 作・絵 佐野洋子 講談社 1977年 より
 ©︎JIROCHO, Inc. / KODANSHA
 
 
  『空とぶライオン』 作・絵 佐野洋子 講談社 1982年 より
 ©︎JIROCHO, Inc.
 
 ■こども、自然
 佐野洋子さんは1938年に中国の北京で生まれ、第二次世界大戦後に日本に引き揚げてきました。第3章「永遠のこども」では、そんな激動の時代を生きた佐野さんのこども時代が投影された絵本『わたしのぼうし』(ポプラ社)の原画と、こども時代の出来事や、幼くして亡くなった兄をはじめとする家族への想いが綴られた小説『右の心臓』(小学館)の原稿と表紙原画を紹介します。
 また、第4章「自然への眼差し」では、自然や生き物への温かい眼差しを感じる『ふじさんとおひさま』(詩・谷川俊太郎、童話屋)、『ちょっと まって』(作・岸田今日子、福音館書店)、そして最後の自作絵本『ねえ
          とうさん』(小学館)の3作品の原画を展示します。
 
 
  『わたしのぼうし』 作・絵 佐野洋子 ポプラ社 1976年 より
 ©︎JIROCHO, Inc.
 
 
  『ちょっと まって』 作 岸田今日子、絵 佐野洋子 福音館書店 1998年 より
 ©︎JIROCHO, Inc.
 *この原画は絵本では反転して印刷されている。
 
 
  『ねえ とうさん』 作・絵 佐野洋子 小学館 2001年 より
 ©︎JIROCHO, Inc.
 
 ■銅版画の世界
 1990年代にはいると、佐野さんは銅版画に集中的にとりくんで、短期間でそれを身につけました。第5章「銅版画との出会い」では、これらの銅版画(主にエッチング)の仕事を、自伝的な内容となる『女の一生
          I』、『女の一生 II』(トムズボックス)、そして一種の哲学的な人生観をみせる『あっちの女 こっちの猫』(講談社)の画文集3作品の原画で紹介します。
 
 
  『女の一生 II』 作・絵 佐野洋子 トムズボックス 1994年 より
 ©︎JIROCHO, Inc.
 
 
  『あっちの女 こっちの猫』表紙 作・絵 佐野洋子 講談社 1999年 より
 ©︎JIROCHO, Inc.
 
 ■原画に注目!
 この展覧会では多くの原画を展示していますが、特に『100万回生きたねこ』の原画は画材として「カラー写真修正液」を使って描かれた、たいへん珍しいものです。光による退色を嫌う大変デリケートな作品なので、滅多に公開されることはありませんが、今回は特別に全点展示します(前・後期で半数ずつ展示)。またこの絵本はミュージカルにもなっていて(2013/2015年)、その時の衣装や小道具などもあわせて展示しています。
 また、佐野さんが絵と文の両方を手がけた最初の絵本で、原画は今回が初公開となる『すーちゃんとねこ』の原画もなかなかおもしろいもので、一つの場面に5枚ずつの原画がある珍しい作品です。というのも、この絵本は5色(藍色、オレンジ、黄色、グレー、ピンク)を使ったカラー印刷ですが、それぞれの色に対応した原画が1枚ずつ描かれているからです。印刷された絵本と見比べてみると、たとえば「表紙」の背景の黄緑色は、藍色と黄色が重ねられています。
 佐野さんは、「絵本は本の形になって初めて完成するものだ」(1)と話していたそうです。印刷された絵本が完成形の「作品」であるという考え方です。このことが『すーちゃんとねこ』の原画には良く表れています。
 そもそも、印刷による絵本の制作において「原画」とは何でしょうか?それは下絵なのか、設計図なのか、プロセスの指示書なのか、あるいは「原画」自体も作品なのか・・・。さらに、佐野さんの場合、絵も文を両方手がけているものも多いので、そもそも「作品」とは何か、という根本的な問題にまで思いはめぐります。
 そのほか、原画を見ていると、書籍には未掲載となったものもあります。また絵本の草稿も何種類か展示しています。完成に至るまでのプロセスが垣間見えるのも興味深い点です。
 たとえば今回展示している『すーちゃんとねこ』の「表紙」の校正刷は、印刷された絵本とは別ヴァージョンで、ここではすーちゃんとねこは仲良く肩を組んでいます。でも印刷された絵本では、もじもじした感じで背中合わせになっています。この関係性の変化は、草稿との比較でも見られます。草稿では、すーちゃんは優しい子で、仲良しのねことの別れと孤独を経て、再び出会って仲良しに戻ります。でも絵本では、すーちゃんは自己中心的でお利口さんではありません。ねこにストレートな意地悪をします。でもちょっとしたことをきっかけに、すぐに仲良くなるのです。ここには教訓じみた説教臭さはありません。むしろ実際の幼児はきっと毎日こんな風に生きているんだろうな、と思わせるリアリティを感じます。
 
 
  『すーちゃんとねこ』 佐野洋子 作・絵 こぐま社 1973年 表紙 主版(ピンク)
 ©︎JIROCHO, Inc.
 
 
  『すーちゃんとねこ』 佐野洋子 作・絵 こぐま社 1973年 表紙 校正刷(別ヴァージョン)
 ©︎JIROCHO, Inc.
 
 ■絵本だけじゃない??
 佐野洋子さんは、絵本作家としてだけではなく、エッセイの名手としても知られていて、『ふつうがえらい』(新潮文庫)、『神も仏もありませぬ』(筑摩書房)、『役に立たない日々』(朝日新聞出版)など多くの著作があります。また、それらのエッセイを原作にした朗読スタイルのTV番組「ヨーコさんの“言葉”」(NHK)をご覧になった方もいらっしゃるでしょう。そして、今回紹介している「銅版画」のコーナーの書籍はいずれも一般向けの画文集です。
 でも、佐野さんは、職業をたずねられた時には「絵本作家」と名乗っていました(2)。また絵本を作ることについて次のように書いています。「子供はことばが通じないものなのだ。―中略―わたしは、もし子供向けの絵本を作り続けていくなら、ことばでないものを通じさせなければならないのですね。ことばや絵を通して、ことばではないことばの背後に、絵ではない絵の背後の、世界の不思議さをわかり合うことなのだ。」(3)
 ここで佐野さんは「子供向けの絵本」と言っていますが、これは逆説的で、実は「絵本はお子さま向けだけのものではない」ことも示しているように思います。ことばの通じない大人も、ことばだけで通じていると思い込んでいる大人もいます。佐野さんの絵本の仕事の射程は、単に子ども向けかどうか、という問題を越えて、ことばではないことばの背後、絵ではない絵の背後の方へと、思いのほか向こうまで延びています。だから、佐野洋子さんの仕事は、絵本だけじゃないけれど、でもやっぱり絵本なのだ、と思います。
 (徳島県立近代美術館 上席学芸員 友井伸一)
 
 
  『あっちの女 こっちの猫』 作・絵 佐野洋子 講談社 1999年 より
 
 ©︎JIROCHO, Inc.  (1)「オフィス・ジロチョーからのメッセージ」『愛されて40年『100万回生きたねこ』佐野洋子の世界展』図録 2018年 p.10
 (2)同上
 (3)佐野洋子『ふつうがえらい』1995年 新潮文庫 p.164
 
 関連のホームページもご参照下さい。
 http://www.art.tokushima-ec.ed.jp/article/0008669.html
 
 徳島県立近代美術館 7月の催し物
 
 [展覧会など]
 ○ 愛されて40年 『100万回生きたねこ』 佐野洋子の世界展
 7月14日(土)~9月2日(日)
 徳島県立近代美術館展示室3
 主催:「100万回生きたねこ-佐野洋子の世界展」実行委員会、徳島新聞社、徳島県教育委員会
 後援: NHK徳島放送局、四国放送株式会社
 特別協力:オフィス・ジロチョー
 協力: 講談社、ホリプロ
 企画協力:アートプランニング レイ
 
 ○ 所蔵作品展 徳島のコレクション 2018年度第2期(前半)
 特別公開 滋賀県立近代美術館所蔵作品<イスファハーン>
 /20世紀の人間像/ 現代版画/徳島ゆかりの美術
 7月7日(土)-9月17日(月・祝)
 
 [イベント]
 ○ 愛されて40年 『100万回生きたねこ』 佐野洋子の世界展 関連事業
 ギャラリートーク「佐野洋子の世界」
 講師:広瀬 弦( イラストレーター)
 7月14日(土) 13時30分-15時
 展覧会場、美術館ロビー/申込不要/「佐野洋子の世界展」観覧券が必要です。
 ※『空へつづく神話』、『まり』、『かってなくま』、『西遊記』などで人気のイラストレーターで、母・佐野洋子や詩人・谷川俊太郎との作品でも知られる広瀬弦がお話しします。
 
 [美術館でおはなし会]
 読み手:県立図書館の司書さんたち
 7月25日(水)10時30分-(20分程度)
 美術館ロビー(2F)/対象:幼児から小学3年生程度 定員:こども 30名(保護者同伴可)/申込不要(当日先着順)/参加無料
 
 ワークショップ「ねこの絵本をつくろう」
 講師:近代美術館スタッフ
 7月29日(日)13時30分-15時30分(受付は13:00から)
 美術館アトリエ(3F)/対象:どなたでも(幼児は保護者同伴)/定員20名程度/申込不要(当日先着順)/参加無料
 
 
 ○  ゆるやか対話ギャラリー -美術を探っていくための演劇タイム- 講師:仙石桂子[即興演劇シーソーズ主宰・四国学院大学准教授] 7月1日(日)13時00分~16時30分 美術館講座室(3階)、展示室(2階)/対象:どなたでも/定員 15名程度/要申込/参加無料  【お問い合わせ】近代美術館 088-668-1088(担当:竹内、亀井)   ○  触って納得! ハンガ体験刷るデー 講師:平木美鶴[徳島大学教授・徳島版画会員] 7月15日(日)14時30分~16時00分 美術館アトリエ(3階)/対象:小学校4年生以上/定員 15名程度/要申込/参加無料  【お問い合わせ】近代美術館 088-668-1088(担当:竹内、亀井) ※木版凹版のミニ体験講座。ハガキ大の紙に簡単な刷り体験をします。本格的に下絵から制作する内容ではありません。   ○ 展示解説 徳島のコレクション 7月16日(月・祝)14時00分~14時45分 展示室(2階)/対象:どなたでも/観覧券が必要/申込不要 ※学芸員による解説   ○ こども鑑賞クラブ「イスファハーンの部屋」  7月28日(土)14時00分~14時45分 展示室(2階/対象:小学生対象(保護者同伴可)/参加無料/申込不要[開始時間までに2階ロビーに集合]※子ども対象の鑑賞ツアー   ○ワークショップ ダンサー・カタタチサトと「すだちくん森のシアター」で踊ろう!   佐野洋子さんの絵本をテーマにしたダンスを一緒に作ります。 ※希望者はチャレンジとくしま芸術祭 10回記念 野外公演「パフォーマンス・セレクション 2018 ~真夏の夜の競演~」/8月1日(水)18:30~20:30(予定)/すだちくん森のシアター(文化の森総合公園)に出演することもできます。    
日時:①ワークショップ 平成30年7月22日(日) 13:00-17:00(途中休憩あり     ②ステージ 8月1日(水)16:00集合(出演希望者)    場所:①近代美術館ギャラリー(1F)、佐野洋子展会場(2F)②すだちくん森のシアター  講師:カタタチサト(ダンサー)  対象:10歳以上。ダンス経験やジャンルは問いません。  定員:定員は10名(先着順)  参加費:近代美術館の展覧会「愛されて40年 『100万回生きたねこ』 佐野洋子の世界展」 の観覧料が必要です。一般1000円/高校生500円/小・中生300円 【お問い合わせ】近代美術館 088-668-1088(担当:友井、安達)   
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