日増しに力強くなる陽の光に、自然のエネルギーを感じる季節です。この季節の野山や水辺を見ていると、じわじわと、目には見えない何かが動き始めているさまが感じられます。このような季候や現象に出逢ったときの様子、気持ちや感動を、私たちはどうしたら伝えることができるでしょうか。金田実生というペインターは、とりわけ、そのように目には見えにくい事象を絵画の主題に扱ってきました。
金田の制作の真ん中にあるのは、「特別な何事も起こらない日常」です。しかし、そこには生活を取り巻く多くの「もの」や関わりの中で生じる「こと」、意志や感情、気配のようにかたちを持たない「さま」が複雑に絡んでいます。私たちの人生のほとんどは、これらに包まれ、彩られながら過ぎてゆきますが、その奇跡のような何事もない日常の瞬間について、常に意識する人は、そう多くはないでしょう。そのような、目には見えない人間の思いや感情を愛おしみながら、時代と共に生きるペインターとして金田は繊細な筆遣いで気分や気配を画面に描き表してきました。
この作品も、現代社会を生きる子どものナイーブな内面を、感覚や思考が融け合ったような世界から照らし出したものです。描かれているのは、斜め上方から射し込む一筋の光を受けて、深い蒼の底から浮かび上がるように描かれた少年の顔。作品に寄せた作家のことばには、「少年(時代)のまっすぐで正しいつよい思考の姿勢を描いています。なんのてらいもなく汚れも傷もないつよい純粋。そうあることのうつくしさ。それゆえ逃れられない厳しさ。清々しいその気持ち良さを、私もまっすぐそのままに描きたかった作品です」と記されています。
この作品の画面の大半を占める深い蒼は、久しく永い時の淵のようにも、混沌とした現実世界のようにも思われます。その蒼の中には、まだ目覚めないたくさんの魂が眠っていて、ここから少年を覚醒させようとしているのが彼自身の意志の光であるかのようです。少年を照らし出す、生まれたての純粋な意志の光は、まだ充分に力強くはなく柔らかですが、明るい希望も匂わせます。若い日の意志は、一途で汚れやすく、厳しい現実に面すれば、あまりに正直で傷つきやすいことでしょう。それゆえに備わる繊細なありように、私たちは澄みわたるような美しさを見出すかもしれません。
徳島県立近代美術館では、このほかにも昨年度の収集事業で新しくコレクションに加わった作品を、「徳島のコレクション2018年度第Ⅰ期」で展示しています。
文承根(1947-82)は、その短い作家としての活動の時期に油彩、水彩や版画のみならず写真や映像、果ては立体作品まで幅広いジャンルで旺盛な活動を展開しました。このたび展覧する版画作品<無題>は同じ版を用いて制作された5点のモノタイプの作品です。
(上席学芸員 吉原美惠子)

金田実生<彼の清らかな意志>

文承根<無題>
徳島県立近代美術館展覧会案内
・所蔵作品展「徳島のコレクション2017年度第3期」
特集 石丸一・島あふひ兄妹
開催中-4月15日(日) 展示室1,2,屋外展示場他
・所蔵作品展「徳島のコレクション2018年度第1期」
特集 新収蔵作品を中心に
4月21日(土)-7月1日(日) 展示室1,2,屋外展示場他
・特別陳列 生誕130年 静かなる叙情 清原重以知の世界
4月21日(土)-6月17日(日) 展示室3
4月29日(日・祝)14時から14時45分には展示解説があります。(当日は観覧無料)
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