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中央テレビ編集 


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美術館からのエッセイ
「美術×本=楽しさと多様性」展

◆美術×本=?
 たとえば、読み終わった週刊誌をあなたならどうしますか?「捨てる。」そうでしょう。「取っておく。」そういうときもありますね。「取っておく」と答えたあなた。その記事(情報、中味)を取っておきたい時もあるでしょう。でも情報としては不要なのに捨てるのは忍びない、ということもありませんか。本は単に情報(中味)があればそれでいい、というわけではないようです。8月26日から文化の森の県立近代美術館で始まる「美術×本=楽しさと多様性」展は、こんな視点から美術と本の関係を考える企画です。

◆20世紀初頭の豪華本からアーティストブックまで
 20世紀美術の巨匠マティスの版画の代表作『ジャズ』(1947年刊)は、20点組の作品集ですが、ページ番号があって文字だけのページもある。普段は版画として額装していますが、これは「本」です。今回展示しているピカソ、シャガール、カンディンスキー、ダリ、ルオーなどの版画も、実は「本」です。 ヨーロッパには未製本の状態の本を自分好みに装丁して楽しむ伝統(ルリユール)があります。やっぱり本は内容だけではないようです。
 また、詩人とのコラボレーションの例も数多くあります。絵本なら文○○、絵△△、といった感じです。なるほど、本は様々な表現が交差して新しい可能性を開くコラボに適した舞台です。たとえばエル・リシツキーの『声のために』(1923年刊)は、詩人マヤコフスキーの詩を音読するための詩集で、詩の音声が文字と線や記号で視覚化されています。詩人と画家、聴覚と視覚のコラボです。
 これはロシア・アヴァンギャルドの成果ですが、ほかにもシュルレアリスムやバウハウス、デ・ステイルなど当時の前衛的な芸術やデザイン運動は、メッセージや主義・主張の発信に適した本や雑誌を多用しました。そしてそのメッセージが先進的で前衛的であるほど妨害や弾圧も受ける。その時これらの雑誌は一種の武器となります。
 日本では、大正から昭和初期に恩地孝四郎が雑誌『書窓』(1935-38年刊)を編集しました。これは図案、製本、紙など本の要素の研究と実践を行う本の総合雑誌で、当時の海外最先端の芸術動向の影響が見られます。恩地は宣言します。「本は文明の旗だ」*と。本は生活必需品ではないかも知れないが、文化を推進し、文明の先頭ではためく「旗」なのです。(*『本の美術』1952年誠文堂新光社)
 第二次世界大戦後には、本を表現媒体としたアーティストブックが登場します。そのポイントの1つは「オブジェ性」です。本もひとつの「もの」である。本の物質性に注目した作品です。もう1つのポイントは「時間性」です。そもそも「本」は文学と相性が良く、文学は音楽や演劇、映画等と同様に時間と相性のいいジャンルですが、絵画や彫刻などの美術は、大抵の場合、物質性や空間性を持ちます。裏返せば「本」には物質性が乏しく、「美術」は時間を表すのに苦労するわけです。「本」はものの存在や時間を深く考えさせる表現媒体なのだと思います。

◆徳島出身の木版彫刻師、伊上凡骨(いがみぽんこつ)の仕事
 洋画家・岸田劉生による、小説家・武者小路実篤らの著書の装丁の図案や大正時代の雑誌『白樺』の表紙を集めた〈劉生図案画集〉(1921年刊)には、徳島の伊上凡骨が、彫り師として参加しています。これも画家や文学者のコラボです。

◆美術と本の楽しい関係
 ここでは、今年開館100周年となる徳島県立図書館の協力による仕掛け絵本、さわって楽しむ絵本や、徳島県立近代美術館が幼児との対話鑑賞の実践から試行錯誤して開発してきた美術の鑑賞教材としての絵本を紹介します。
 また、個人や有志が自主制作し、内容や体裁などの全てが自由な冊子ZINE(ジン)の紹介も見どころです。1930年代アメリカのSFファンによる自主制作マガジン(ファンジン)にルーツをもつZINEは、70年代以降のコピー機の普及とともに発展し、近年はSNS等の個人発信の拡がりの中で多彩に展開しています。「本」がコラボを呼び込み、従来の枠をはみだす表現を開く場であるなら、その精神はZINEに生きているのかも知れません。今回は徳島県内の若者の協力で、現在進行中の様々なZINEを展示します。また、2006年に「ZINE Library」展(No12 Gallery 東京渋谷区)をスイスのニーブス・ブックスと合同で企画した写真家・平野太呂(ひらのたろ)氏のZINEコレクションも特別出品されます。
 ほかにもミニサイズの冊子の制作体験が手軽にできる常設のワークスペース(作業場)や、スペシャルトークなどの催しも用意しています。美術×本=「あなたの答え」を探しに、是非ご来場ください。
                 徳島県立近代美術館 上席学芸員 友井伸一
※8月31日までは「家族でおでかけ・節電キャンペーン」により、どなたも無料です。


  アンリ・マティス 『ジャズ』より イカルス 1947年刊 徳島県立近代美術館所蔵


  『声のために』 エル・リシツキー装丁、ウラジミール・マヤコフスキー著 1923年刊(復刻版2000年) 徳島県立近代美術館所蔵


  『書窓』(編集・装本:恩地孝四郎)1935-38年刊 徳島県立近代美術館所蔵


  『劉生図案画集』より (原画:岸田劉生 木版彫刻:伊上凡骨)1921年刊 徳島県立近代美術館所蔵



  平野太呂(ひらのたろ)氏(写真家)のZINEコレクションより

徳島県立近代美術館 8月の催し案内

[展覧会]
・所蔵作品展「徳島のコレクション 2017年度第2期」    
 開催中-11月26日(日)
・特別陳列『安井仲治写真作品集』(復刻版)」  
 開催中-8月20日(日)
・美術×本=楽しさと多様性 展
 8月26日(土)-10月9日(月・祝)

[美術×本=楽しさと多様性 展 関連イベント]
・ワークスペース「ミニ本をつくろう」   
 美術×本=楽しさと多様性展の開催期間中 随時 2階美術館ロビー
・「音楽と絵でつくるおはなしの世界」 ※要申込 
 8月27日(日) 13時30分-15時30分
 講師:髙木夏奈子(植草学園大学准教授)
・「折りたたみ絵本をつくろう」
 8月29日(火)、30日(水) いずれも13時30分-15時30分 2階美術館ロビー
・「美術館でおはなし会」
 8月29日(火) 10時30分-(20分程度) 2階美術館ロビー

[イベント]
・美術館で宿題そうだん会 ※要申込
 8月4日(金)、5日(土) いずれも13時-16時30分 アトリエ
・文化の森サマーフェスティバル  
・アートくつろぎ広場「折りたたみ絵本をつくろう」
・「美術館でちょっと一息」コーナー
 8月20日 9時30分-16時 2階美術館ロビー
・ポイント解説
 8月20日 10:00-「菊畑茂久馬の絵画」、11:00-「徳島ゆかりの美術」、
      14:00-「現代版画」、15:00-「安井仲治の写真」