近代美術館で開催中の「所蔵作品展 徳島のコレクション 2021年度第3期」の「20世紀の人間像」のコーナーでは、美人画に焦点を当てた空間を設けています。美人画について、皆さんはどのような印象を持っておられるでしょうか。一般に、清楚で健康的な女性像をイメージする方が多いでしょう。国内で美人画と銘打つ展覧会を観てみると、そこに展示されているのは大抵、女性像ばかりです。しかし美人画とは、文字通り「美しい人の画」。女性ばかりでなく、男性もその範疇に入るはずです。今回は、戦後美術をリードした靉嘔(1931~)の、男女を描いた二作品に着目します。
図1は、〈無人間時代をこえる人間の象徴-オートメーション〉という作品です。男女がさかさまの恰好で、しっかりと抱き締め合っています。どこか機械的で無機質な印象を受けますが、黄色く太い線で縁取られた二人の男女の抱擁から想像されるのは、新しい命。作品が制作された1955年、靉嘔は同世代の画家たちと「実在者」という美術団体を結成します。その第2回展のテーマが、「無人間時代」。この作品には、戦争によって荒廃した人間性の回復という祈りが込められているのです。1955年というと、太平洋戦争が終結してわずか10年。戦争の記憶が生々しく残る中、男女が手を取り合い、復興へ向け歩み出そうとする時代精神が表現されているとも言えるでしょう。また、この「実在者」に参加した作家の作品が、黒や灰色といった戦争の爪痕を思わせるような暗い色彩ばかりであったのは対照的に、靉嘔の作品にはこうした明るい色彩が意識的に用いられています。
1958年、渡米した靉嘔は、日常的な行為を作品と称したり、作品の流通経路そのものを造形化しようと試みた運動体・フルクサスに関わりながら、色彩のグラデーションを多用した作品群を発表。やがて「虹の画家」の異名を取るようになります。図2の〈レインボー北斎:ポジションA〉は、浮世絵師・渓斎英泉の〈十開之図
佛〉を下敷きに、性を主題とする春画をパロディにしたユニークな作品です。性の営みを核融合に伴う爆発的なエネルギーに準えて、女性の左右にアインシュタインの相対性理論の公式を描き込んでいます。また、男女の性器の部分が他の箇所のパーツと意図的に入れ替えられており、鑑賞者の視線を誘う仕掛けが施されています。
二作品とも、登場人物の表情が省略されていますが、そうした匿名性があるからこそ私たちは画中の人物たちに自らを重ね合わせ、あらゆるいのちの根源としての性愛について思索をめぐらせることができるのです。こうしてみると、美人画とは単に女性を象ったものではなく、男女の別を超えた普遍的な人間像を志向した裾野の広い表現である、と言えるのではないでしょうか。
(主任学芸員 三宅 翔士)

図1 靉嘔〈無人間時代をこえる人間の象徴(オートメーション)〉1955年

図2 靉嘔〈レインボー北斎:ポジションA〉1970年
徳島県立近代美術館 3月の催し物
[展覧会]
所蔵作品展 徳島のコレクション 2021年度第3期 2022年4月10日(日)まで
[所蔵作品展 徳島のコレクション 2021年度第3期 関連イベント]
◆学芸員によるスライドトーク「美人画再考-美しい人の画について」
3月27日(日)14時-15時30分 於・美術館講座室(2F) 無料
[フリースペース チャレンジとくしま芸術祭2022 関連イベント]
◆受賞者発表会
・展示部門 3月12日(土)、13日(日)
9時30分-17時 於・美術館展示室3(2F) 無料
・パフォーマンス部門 3月13日(日)
13時30分開場 14時開演 於・徳島県立二十一世紀館イベントホール(1F) 無料
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