其の五十二

―  クライミング ―


 カナダの雄大な景色の中、垂直の岩壁をよじ登るロッククライマーの映像をテレビで見て、「これだ!」と思った。
 ここ数年、会う度に「太った?」と友人から指摘され、妻からは、「運動でもしたら?」と言われ続けてきたが、自分に合うスポーツが無かった。
 これだよ、これ!俺の求めてたのは。
 力任せと思いきや、どこに足を置くか、とっさの判断と作戦が左右する知的なスポーツ!登りきったら、どんな感動が待っているんだろう。

 思いたったが吉日、会社帰り、クライミングを体験させてくれるスポーツジムへ。ここではボルタリングと言うらしい。
 滑り止めを付けて、えーっと、これ、ロープも無しに? 手だけで? 当たり前か…、よしっ。
 上を見上げると怖気づきそうなので、自分の知力、体力を信じて、目の前の石に手足をかける。
 後ろから先生の声、「腕曲げない、足場を確保して、腰をひねって、身体を壁に引っ付けて下さい。しがみつかない!しがみつかなーい!」

 知的なスポーツ、とは程遠い有様だったけれど、課題をクリアした時は、仕事とは違った達成感を味わえた。三階建ての我が家が見えた。いつか、スルスルと屋上まで登ったら、皆、驚くだろうな……。ドアに手をかけると、腕が、プルプル震えた。